第二章:その16
俺は今、木を振り回している。
枝ではなくその辺から引っこ抜いた木だ。
それを地面に叩きつけたり、箒みたいにして掃いたり。
俺に向かって銃をぶっぱなしてくる連中をそれで攻撃しているわけだ。
叩きつけるときもちゃんとテロリストに直撃しないように配慮はしている。
正直木など使わずに足で踏んだり手で叩いたりする方が早いし確実だとは思う。
でもそれで人がトマトみたいに潰れたら俺のメンタルにダメージが入る、間違いなく入る。
それにその方法だとたぶん”遠慮”がバレる。
直接的なダメージを極力与えたくないという俺のヘタレた意図は、木を振り回してもバレる時はバレるだろうがまだ誤魔化しやすいはずだ。
というか俺なら木を振り回してる巨人に近づきたくない。
ただどうも……折れ飛んだ枝は当たったりしてるっぽい。
こればっかりはコントロール不可能なのでお祈りするしかないんだよな。
変なところに当たったり刺さりませんように。
頑張れテロリスト、俺のメンタルのためにも死ぬなよテロリスト。
「この装備ではどうにもならん!引け!」
そしてしばらく後、テロリスト連中はそんな声を上げて逃げていった。
勝った、第一部完。
まあ実際のところ、彼らにとってどうにもならない状況だったのは確かだろう。
めちゃくちゃ銃弾は飛んでたが、全部”オルフェーヴル”魔法障壁で弾いてたから全然効かない。
一方俺の攻撃は……当てる気がないとはいえ当たったら死ぬんだから、まるで勝負になっていなかった。
正直だんだんめんどくさくなってきていて、「早く帰ってくれねえかな」とは思ってた。
あとやっぱり自分より小さい人間を攻撃するのは気が引けるしな。
とりあえず見た感じ、怪我人は出たようだが動けないレベルの奴はいなさそうだ。
良かった良かった。
『気を抜くな馬鹿者』
「はえ?」
ものすごい間の抜けた声が出た。
俺はベルガーンの指摘通り、完全に気を抜いていたのだろう。
そんな俺に向かって、巨大な火の玉が飛んできた。
「なんだあ!?」
慌ててブースターダッシュで回避しようとするもここは森の中、周囲の木が邪魔でうまく動けない。
それでもなんとか……ほぼ倒れ込むような形で回避には成功し、俺のすぐ横を火の玉が通り過ぎていく。
我ながら情けない姿である。
『“ワンド“だな』
「さすがに見ればわかる」
ゆっくりと起き上がりながら飛んできた方向を見れば一体の”魔法の杖”。
いかにも魔法使いという風貌のそれが杖のようなものをこちらに向け佇んでいた。
「あれ“ネイキッド“ってやつか?」
その”魔法の杖”は外付けの装甲や武器を装備している様子はない。
杖のようなものは、たぶん白銀の騎士の剣と同じで一緒に召喚されるデフォルト装備だろう。
見た目の意匠もそれなりに凝っているので「なんか強そう」という印象がある。
『あとの二体もそうであろうな』
「はい?」
───あとの二体?
そう聞き返そうとした瞬間、左右から飛んできた氷柱と雷撃が今度こそ俺に直撃した。
「にゃーーーーー!?」
あまりのことによく分からない叫び声が出た。
もし俺に尻尾があったらパンパンに膨らんでいたことだろう。
視界が砕けた氷の粒と電撃の光で埋め尽くされる。
痛みはない、衝撃もなかった、なのでおそらく直撃はしていないはずだ。
ただ、めちゃくちゃびっくりした。
“オルフェーヴル“と同化中、俺は常に全方位に魔法障壁を展開しっぱなしになっている。
ベルガーンによるとそれは俺の「魔法をうまく制御できない」というとてもとても残念な理由に由来する現象。
本来であれば魔力の消費が酷い、テレビのつけっぱなし以上の無駄遣い。
だが今回、俺はそんな省エネという流行と真っ向から対立する代物に命を救われた。
ありがとう無駄な魔法障壁、これからも張りっぱなしにするよ魔法障壁。
これからはレジ袋も積極的にもらうようにしよう。
『何ぞ現実逃避しとらんか貴様』
呆れ返ったベルガーンの声に我に返る。
どうやら俺はマジで現実逃避してたっぽい。
「てか三人はどう考えても多いだろ、ふざけんな」
前方に一体、左右にも一体ずつ、いずれも“ネイキッド“。
数が多い上に囲まれているときた。
これは現実逃避したくもなるだろうと言いたい。
あまりにも嫌な現実が過ぎる。
開けた場所なら“オルフェーヴル“の機動力を活かした戦い方で行けるかも知れないが、ここは森の中。
先程木に引っかかって失敗した通り、ブースターダッシュはまともに使えない。
「おい魔王様!よろしければ解決策をご教授しろ!」
『へりくだるか無礼か、どちらかにせい』
「早く!!」
『無礼を選んだか』
そんな俺に対して”ネイキッド”連中が選んだ戦法はというと、遠距離からの魔法攻撃。
そして頑張って近付こうとすれば、下がる。
所謂”引き撃ち”と言うやつで、やられるとめちゃくちゃ腹が立つがこの状況では効果的だ。
というかこれを現実で体験する羽目になるとは思わなかった。
次から次に魔法が飛んでくる魔法は、もうほとんど回避出来ていない。
いまのところはそのどれも魔法障壁で防げているものの、いつ抜けてくるかと気が気でない状況。
案外全然大丈夫なのかもしれないが、残念なことに俺は集中砲火の中でどっしり構えられるメンタルなどというものを持ち合わせてはいないのだ。
『貴様のみが行ける、何の障害物もない開けた場所にいけば良かろう』
「なぞなぞか!?上は大水下は大火事!!」
『謎かけなどしておらぬわ。ときにそれは風呂か』
正解、なんでわかったんだこの野郎。
それはそれとして、ベルガーンのアドバイスについて考える。
自分だけが行ける開けた場所って何だよ。
さっぱりわからないが、ベルガーンは答えを教えてくれそうにない。
このくらいは自分で考えろということだろうか。
たぶんそうなんだろうな。
そもそも何の障害物もない場所なんてものが森の中にあるのかという話だ。
右を見ても左を見ても木木木木、木のない場所なんてどこにも───
「あ」
また間の抜けた声が出た。
なるほど、これがアハ体験とかいう代物か。
「空か」
確かに、ごく身近に何もない場所があった。
見上げればすぐそこにある空間、戦闘SLGでは何の地形効果も得られなくなる代わりに何物にも移動を阻害されなくなる場所。
俺は全力で背中に魔力を流し込んだ。
これまで「飛ぼう」という発想には至らなかったが、確かに背中のバーニアは空も飛べそうな程の出力が出ている気がする。
出来ようが出来まいが、試してみるだけならタダだ。
今のようにただ一方的に嬲られている状況よりはずっといい。
そう考えながら、それでいて「飛べますように」と祈りながら空を見上げていた俺の身体は───
「反撃開始だこの野郎」
無事、空へと舞い上がった。