第二章:シオン・クロップとメアリ・オーモンド
三人称視点です。
茂みから飛び出したシオンは瞬く間に武装集団の一人を一刀両断、続けざまに二人目も同様に斬り倒す。
まさしく電光石火。
彼らが一様に隆夫の”ワンド”に気を取られていたとは言え、奇襲の速度と精度はシオンの並外れた能力に拠るもの。
瞬く間に屠られた二人は反応どころか彼女の存在を感知できていたかも怪しい。
そしてベルガーンから「中に二人いる」と告げられた車両に向けては二発のファイアボールを放つ。
爆発、炎上する車両の中から出てくる者はおらず本当に中に二人いたかどうか定かではない。
いずれにしても時間にして一分未満、至極あっさりと女の前面にいた武装集団は殲滅された。
残りは小屋の向こうにいると思しき二名と、ナイフの男とそれに同行する二名、そして人数が不明の黒幕たち。
それなりの人数が残っているが、現在シオンにとっての最優先目標は武装集団の殲滅ではなく他にあるため待機。
「少尉さん!」
そしてその最優先目標は、すぐに現れた。
声のした方を見れば、そこにはシオンに向かって全力で走るメアリの姿。
「無事で何より、頭下げて」
「わぷ」
シオンはすぐさまそちらへ駆け寄り、メアリの頭をおさえて身を屈めさせる。
周囲を窺いつつ、半ば覆い被さるような形での移動。
そして小屋から可能な限り離れ、人一人隠れられる木陰までたどり着いたところで───
「すいませんメアリ様、そこで身を屈めていてください」
「え?あ、はい、わかりました」
「顔も出さない方がいいかと思います」
何事かと見つめてくるメアリを尻目に、シオンは立ち上がる。
「やってくれたじゃねえか、エルフ女」
背後から聞こえたのは、怒りを滲ませた声。
振り返ればそこには覆面をした一人の男。
シオンにとっては数刻ぶりに出会う、両手に大振りなナイフを携えた襲撃者。
彼は敵意や殺意を隠そうともせず、彼女を睨み付けていた。
「喋れたんだ」
そちらに向けてゆっくりと歩を進めながら口にした言葉は、彼女にとっては嘲りや挑発の意図はない。
喋らないにせよ喋れないにせよ、自身に言葉を投げかけてくることはないだろうと思っていたが故の、純然たる感心。
「くたばれ!」
だが当然ながらナイフの男は、それを挑発と受け取った。
叫びと共にナイフを振るい、発生した“斬撃“が風を斬り地を抉る。
それも前回のような”待ち”ではなく、自ら間合いを詰めながら。
「ファイアボール」
しばしの間左右に、時折後方に跳びつつ回避に専念していたシオンが不意に火球を放つ。
火球の数は三、男の息継ぎのタイミングを的確に狙って放たれた攻撃ではあったが……男は「芸がない」と覆面の下で嘲るように笑う。
そしてナイフが振るわれ、“斬撃“が飛び、男の遥か手前で炎が炸裂する。
確かに、それは前回の焼き直しとしか言い様のない展開。
だが、結果には違いがあった。
原因は今が昼ではなく、夜であったこと。
暗がりに慣れきった男の目が、炎の炸裂により発生した光によって一瞬眩む。
「なッ!?」
そしてその僅かな隙を突いて───炎の中を突き抜けて、剣が飛来した。
ポルターガイストという魔法がある。
物体に魔力を込めて飛ばすという、基礎に分類されるシンプルな魔法。
大きな物体を飛ばすにはそれだけの魔力を、精緻なコントロールには相応の集中を必要とするということを学ぶための、まさしく魔法の練習のための魔法。
それ以外はもっぱら子供のイタズラに使われる程度の魔法であり、実戦で使われることなどあり得ない。
だが剣というまるで投擲に向かない武器をこれ程の速度で、これ程の精度で飛ばす方法はポルターガイスト以外には存在しない。
シオンはそんな魔法を、実戦で使って見せたのだ。
男には、それを正しく理解することなどできなかった。
ただ飛んでくるはずのないものが自身に向かって飛んできたという現実に面食らい、また一瞬反応が遅れる。
とはいえ回避自体には成功した。
スレスレの位置を剣が通り過ぎていく。
だがその動き……無理な回避によって体勢が崩れた。
「何故」「どうやって」という疑問に、思考が引っ張られた。
それによって生じた隙は、今度は一瞬で済まなかった。
「やあ」
気付けば、シオンの姿が間近にあった。
そこは“斬撃“の射程どころかナイフの間合いのさらに内側、近すぎて攻撃手段が著しく限定される距離。
刹那、シオンの右掌が男の左脇腹にめり込んだ。
男が装備しているボディアーマーは、普通であれば素手による打撃など問題としない。
だがその打撃の衝撃はそれを貫通し、内臓まで伝わった。
男の呼吸が一瞬止まる。
一拍の後、次は左拳が男の顎を真横から打ち抜く。
左フックのクリーンヒット。
脳が揺れ、力の抜けた膝がガクリと崩れる。
さらに一拍の後、シオンが繰り出した貫手。
それが男の首に突き刺さる。
指が皮を裂き、血管を千切り、肉を抉る。
紅に染まる視界。
闇に染まっていく意識。
男は何が起こったのかをまるで理解できぬままその場に崩れ落ち、絶命した。
「終わりました」
その言葉は背後にいるメアリに向けてのものなのか、誰にともなく発した宣言なのか。
他ならぬシオン自身がそれを理解できず、僅かに首をかしげながら落ちた剣を拾い上げる。
「お疲れ様で……す……?」
そんな彼女を木陰から見つめるメアリの表情と声は、なんとも言えず困惑していた。
(そういえば血まみれか)
シオンは「公爵令嬢に見せていい姿ではない」と思い至り顔を拭うが、まるで何も変わらない。
拭った袖も血まみれなのだから当たり前だ。
それでも諦めず何度か同じ動作を繰り返した後……すっぱりと諦めた。
「あの、少尉さん……タカオは……」
そしてシオンが傍らにたどり着いたとき、メアリは少し涙の滲んだ目で、そんな中途半端な言葉を口にした。
待てども続きはなく、そこで途切れたままの言葉。
(ああ、なるほど)
だが何を聞きたいのか、何をいいたいのかはシオンにもわかった。
メアリは隆夫のことを心配しているのだ。
まるで戦闘経験のないはずの男が囮の役割を担っていることが不安で仕方がないのだ。
「大丈夫です」
はっきりと、目を見てそう伝える。
シオンは隆夫の戦いを見たことがある。
だからこそ大丈夫だという確信がある。
「見てればわかりますよ」
だがメアリはそうではない。
隆夫が戦っている姿を見たことがなく、また想像することもできないだろう。
いかに言葉を尽くしても、心からの納得などすまい。
ならば見せるのが一番手っ取り早いとばかりに、シオンはそれを指差す。
月明かりに照らされた、陽光の下とはまた違う存在感を放つ”金色の暴君”を。