第二章:その15
「で、これからどうするかだなあ」
何度考えても状況は悪い。
悪いもんは悪い。
少し話し合った結果、やはりというかなんと言うかメアリにも打開策はないらしい。
「ファイアボールとかの攻撃魔法なら使えるけど」
「戦うのはナシだろ」
「そっか」
メアリには魔法の才能はあるが戦闘経験が皆無であり、俺はそもそも何もできない。
これで銃持った集団に立ち向かっても結果は見えている。
「せめて”魔法の杖”が使えればな……」
ここで俺が”魔法の杖”をババーンと召喚できればテロリスト連中に吠え面をかかせることができたのかも知れないが、残念ながら召喚のための魔石が手元にない。
恐らくは奪われたか落としたかしてしまったんだろう、痛恨だ。
これでは俺が囮になってその隙にメアリを、というのもできない。
役立たずもいいところである。
『使えばいいではないか』
「うわあびっくりした」
突然背後から聞こえた声に飛び上がる。
いつからそこにいたのだろう、振り向けばそこにはベルガーンの姿。
驚かせるなよ、びっくりして心臓止まったらどうするんだ。
「てかお前、使えばいいって俺の魔石取られてんだよ」
『ここにある』
「取ったのお前かよ!」
なくなったと思った魔石が、最初に受け取った時同様ベルガーンの掌の上に浮かんでいる。
いつの間に取ったんだろうとか、どうやって浮かべているんだろうとか、疑問が次々に浮かぶ。
「なあ、いつの間に取ったんだ?」
『要らんのか?』
一応そのうちの一つを聞いてみたが、やはり答えは返ってこなかった。
もう答える気ゼロどころか会話する気ゼロな気配がする。
もしかするとこの筋肉魔王、説明を面倒くさがってやしないだろうか。
それともこいつもこいつで秘密にしたいことがあるとか……いやまあこの件でどんな秘密があるか全く見当がつかんけど。
「要ります、とても要ります」
相変わらずイラッとはするが仕方ない。
俺はいくつもの文句を飲み込みながら手を伸ばし、魔石を受け取った。
今やるべきことはベルガーンに文句を言う事ではなく、ここから無事に脱出することだ。
文句なんて後でいくらでも言う機会がある。
たぶんある、きっとある。
「それで、俺が”魔法の杖”を召喚して暴れてる隙にメアリが逃げるでいいのか?」
『そうなるな』
まあそりゃそうだよな、としか言いようがない予定。
メアリを守りながら戦うとかはまず無理だ。
俺はそこまで器用に”魔法の杖”を扱えない。
最悪俺がメアリに怪我をさせてしまう。
ならばこの場合俺にできること、やるべきことは囮のみ。
「……危なくないの?」
そんな予定を確認する俺たちを、メアリが不安そうな表情を浮かべて見ている。
心から俺のことを心配してくれている。
「俺のことより自分の心配しろよ」と言おうかと思ったが、やめた。
俺はそんなスカしたことを言うキャラじゃないし、何よりそう言ってもメアリの不安は消えないだろう。
俺はしがない一般人男性で、生身だと魔法が使えない分メアリより弱い可能性すら……というかたぶんメアリの方が強い。
「俺は弱いけど”オルフェーヴル”は強いんだぜ、だから心配すんな」
だが俺は生身じゃない。
”オルフェーヴル”があればきっと大丈夫だとそう信じている。
というか俺としてはメアリの方が不安だ。
ちゃんと見つからずに逃げ切れるんだろうか。
『あちら側にクロップが待機している。メアリ、貴様は余が合図したら全力で走れ』
言いながらベルガーンが小屋の裏手側を指さす。
マジか、少尉が来てるのか。
なら合流さえできればメアリは大丈夫だな。
俺の不安は少しだけ消えた。
合流できるまでの不安がまだ少しあるが、そこはもう祈るしかない。
「俺は大丈夫だ」
最後にもう一度、頑張って笑顔を作りながらメアリにそう告げる。
たぶん笑顔はうまく作れてないんだろうなあと思う。
不安がないと言えば嘘になる。
何しろこんな状況を経験するのは初めてだ。
その上相手の数も武装もわからないのだから仕方ない。
学校なり職場なりに侵入してきたテロリストと戦う妄想って男の子なら一度はするものだと思っているが、実際に体験するとなかなかに気が重い。
「“オルフェーヴル“がいれば、俺は無敵だ」
それでも、やらなきゃならない。
手の中で赤く光る魔石を見る。
見ていると自信が沸いてくる、そんな気がした。