第二章:その14
ゆっくりと意識が覚醒していく。
それと同時に、首筋に激痛。
寝違えたかと思ったがどうもそういう痛みではない。
何かに強くぶつけたとかそんな感じの痛みだ。
首筋を?どこに?と考えを巡らせようとした俺の脳裏に、銃のグリップでおもいっきりぶん殴られた記憶がよみがえる。
「うわあちくしょう!」
飛び起きた。
「すごい起き方すんね?」
メアリが若干引きながらこっちを見ている。
仕方ないだろあれはどう考えても恐怖体験、悪夢見たようなもんだ。
「あーおはよう、なんだここ」
おはようと言っておいて何だが、どう見ても時間は夜だ。
辺りは暗く天窓からは月明かりが……アレ天窓じゃなくて穴だな、天井に大穴が空いてる。
「ぶえっくしょい!!」
とりあえずすきま風と埃がひどい。
アルタリオンの玉座の間とかいう地獄みたいな場所よりはましだが辛いもんは辛い。
俺とメアリがいるのは、とんでもないボロ小屋の中だった。
天井のみならず壁も所々穴が空き、床は存在せず地面に直座り。
たぶんここは家畜小屋か農機具でも入れる倉庫だったんだろう。
間違っても人が生活するようには出来ていない建物が、放棄されて劣化が進んだとかそんな感じ。
「どこかはわかんないけど……さっきの人たちの隠れ家じゃない?」
さっきの人たちとは、先程街中で銃を乱射して暴れまわったテロリストみたいな連中のことだろう。
どうやら俺たちは、彼らに拉致されてここに連れてこられたらしい。
わかりきっていたことだが銃で殴られたのも夢ではなかったんだな。
なかなか最悪な状況だ。
夢ならばどれほど良かったでしょう。
「連中は外?」
「たぶん」
俺もメアリも拘束はされておらず、室内に見張りがいるわけでもない。
おそらく何もできないとたかをくくって?んだろう。
舐めやがって、事実なのが腹立つ。
「……ベルガーンどこ行った?」
「ずっといないよ」
普段は嫌でも視界に入る超絶筋肉魔王の姿が見当たらない。
ここからの脱出を計画するにあたって、あいつならいいアイディアを出してくれるんじゃないかと思ったんだが。
あいつのことだからまた周辺を見物しに行ってるのかも知れん。
何にしても早く帰って来てほしい。
「……ごめんね」
「なんだいきなり」
突然メアリが謝ってきた。
というか若干泣きそうになってないかこいつ。
「アタシが連れ回したせいでこんなことになっちゃって」
正直メアリに謝られるようなことに心当たりはなかったんだが、どうやらこいつは自分のせいで俺たちが拉致されたと思っているらしい。
「メアリが謝ることじゃない」
「でも」
「俺は今、銃で人をブン殴った挙句に拉致した連中に対して猛烈に腹を立てている」
オーレスコ観光は正直楽しかった。
だからそこに連れていってくれた上に色々奢ってもくれたメアリに文句を言う理由は何もない。
悪いのはそれに水を差した連中だ。
浮かぶのは「楽しい時間を邪魔しやがって」とか「街中で銃使うとか何考えてんだ」といったあいつらに対しての文句ばかり。
……考えてたらなおのこと腹が立ってきたな。
怒ってる最中に勝手に自分でヒートアップしていく上司がいたが、あの野郎もこんな感じだったのかもしれない。
いかん、イライラしてる時はイライラする事ばかり浮かぶな。
「だいたいなんだここ、もう少し丁重に扱えよってな。俺はともかくメアリは令嬢なんだし」
連中が俺たちを放り込んだ場所、このボロ小屋にも腹が立って仕方ない。
埃っぽいのは一万歩くらい譲って仕方ないかも知れないが、この小屋は建物としての最低条件「雨風をしのげる場所」としての体裁すら整っていないのだ。
今日は天気がいいから何とか問題になってないが、風が強いとか雨が降ってるとかだったらどうする気だったんだ。
最悪倒壊するぞ。
「……怒るとこおかしくない?」
「おかしくない」
メアリが困惑とも呆れとも取れない表情を向けてくるが、俺はおかしくない。
たぶん、おかしくない。
「と言うかメアリが真面目すぎだ、もっと積極的に他人のせいにしていけ」
「それダメな人じゃない?」
何だよそれじゃ俺がまるでダメな奴みたいじゃないか。
世の中みんな何事も他人のせいにして生きているもんだぞ。
少なくとも俺はそうだ。
……なんか急に不安になってきたんだが、俺はダメな人って訳じゃないよな?
「え、なんでタカオ突然凹んでんの?」
「メアリの言葉が心に刺さった」
「積極的に他人のせいにしてくるじゃん」
メアリが笑う。
凹んでいる俺を見て笑っている。
笑う対象に関しては言いたいことがあるが、コイツは間違いなく笑っていた方がいい。
「ありがと」
そしてひとしきり笑い終えたあと、そんな小さな声が聞こえた。
どうやら俺の社会的評価は、無駄な犠牲にならずに済んだらしい。