第二章:シオン・クロップと襲撃者その2
三人称視点です。
斬撃を飛ばすという技術が存在する。
剣を振るう際に魔力を込めることによって遠い場所を斬る。
魔法のような現象だが、分類は魔法ではなくあくまで技術。
発動に魔力を必要とする点は魔法と同じ。
一方で固有名詞や詠唱を必要としない、その威力や射程距離が使用者の技量あるいは純粋な力に依存する、そして威力射程に関わらず魔力消費が微量で済むなどの差異も多い。
そのためこれは知力に秀でた者たちが学習して会得するものではなく、戦士や剣士と呼ばれる者たちが訓練あるいは実戦で体得する戦闘スキルと見なされている
さて、ナイフの男が放った“斬撃“は石畳を破砕するほどに威力が高く、その射程もかなり長い。
恐らくは拳銃と同等の距離か、あるいはそれ以上の場所まで届くだろう。
たったの一撃、ただ一つの挙動だけで彼は自身が高い能力を持つ戦士であることを示して見せた。
(ずいぶん面倒なのが来たな)
そしてそれはシオンにとっても十分な警戒を向けるに足る水準。
立ち止まり、恐らくは“斬撃“の射程ギリギリであろう距離での対峙を強いられる。
視線の先、ナイフの男の背後では彼の仲間たちが隆夫とメアリを抱えあげ、連れ去ろうとしている。
二人に抵抗する様子は見えず、そもそも身体に力が入っていない。
果たして気を失っているのか死んでいるのかシオンには判断できなかったが、いずれにしても状況は最悪と言える。
「ファイアボール」
シオンは勝負を急ぐ。
かざした左手から放たれた火球の数は三。
それらは先程の単純極まるものとは違い、三通りの軌道で飛びナイフの男に迫る。
それらが炸裂したのは男の遥か手前。
二人のちょうど中間あたりの位置にて、空中に炎を撒き散らして消失する。
(打ち消してくるだろうとは思ったが───)
火球と男の放った”斬撃”。
それらが衝突したことにより、その結果が生まれた。
(厄介極まる)
それはある意味でシオンが想定していた結果だが、思惑通りとは全く言えない。
シオンは火球を放った直後、地を蹴り駆け出していた。
先程と同じく火球を囮に距離を詰めるために。
だが先程とは違い、迎撃されるのが早かった。
男の動きに迷いが無く、また精度も速度も予想を上回ってきた。
そのためシオンの間合いまではまだ少し遠い。
ここはまだ、男が一方的に攻撃可能な距離。
「ぐッ」
そして続けざま、自身に向かって放たれた”斬撃”。
それを魔法障壁で受け止めた時、シオンは強い衝撃を感じた。
魔法障壁が打ち消せる衝撃には限界……許容量とでも呼ぶべきものが存在しており、それを超えた分は術者にダイレクトに伝わる。
当然術者の能力や割り当てた魔力量によってそれは変わってくるのだが、いずれにしても今男の”斬撃”の威力はシオンの魔法障壁の許容量を超えてきた。
銃弾をどれだけ浴びようがまるでビクともしなかったものを、だ。
シオンは前進を中断し、横に跳んだ。
それは明確な回避行動。
”斬撃”は彼女の魔法障壁を破った訳ではなく、何らかのダメージを負わせたわけでもない。
だが何度も喰らえば確実に体勢を崩す攻撃であったし、男の攻撃速度ならばその「何度も」はすぐにやってくるだろうという確信が彼女に回避を選択させた。
そしてそんなシオンを、矢継ぎ早に繰り出される”斬撃”が容赦なく追い立てる。
回避には後退が混じり、徐々に彼我の距離が開いていき……気付けば最初と同じく“斬撃“の射程ギリギリと思しき間合い。
仕切り直し、彼女にとっては極めて望ましくない展開。
そして、それを良しとしないシオンが新たなアクションを起こそうとした時のことだった。
男が大きく後ろに飛び退き、彼女に向かって何かを放り投げる。
響いたのは破裂音、そして発生する大量の煙。
広がり続ける真っ白な煙が完全に視界を奪う。
男の姿もその中に消えた。
やむを得ず、シオンは煙の中へと突っ込むことを選ぶ。
危険極まる選択だが、彼女に煙が晴れるのを待っている時間はない。
だが特段何かの攻撃が飛んでくることはなく───煙を抜けた先には、誰もいなかった。
『逃したな』
「喧嘩売ってる?」
代わりとばかりに隣に立ったベルガーンに、シオンは苛立ちを隠さず言葉を返す。
任務は失敗。
護衛対象である細田隆夫、そしてメアリ・オーモンドが連れ去られるという大失態。
果たしてこの始末で飛ぶ首は比喩か現実かと、そんなネガティブな思考が湧いて出る程度には悲惨な状況。
「ところで、なんでここにいるの」
この状況で何もしていないことに対する嫌みと、隆夫から離れることができたのかという驚き。
意図してのものではなかったが、その問いかけには二つの意味が込められていた。
『早々に解決したい故、これを目印に追ってこい』
そう言ったベルガーンの掌の上に、ひとつの赤い石が浮かぶ。
女はその石……魔石に見覚えがあった。
「それ彼の魔石でしょ、なんで持ってるの」
それは、隆夫が“ワンド“を召喚する際に用いていた魔石。
普段どこにしまっているかなどシオンには知る由もなかったが、ベルガーンが今現在持っているのはいくらなんでも理屈が通らないというのは理解できる。
『その問答は今必要か?』
「わかってたことだけどキミ、すごく腹立つね?」
先程からベルガーンは問いかけに答えることなく、ただ言いたいことだけを言っているという事。
そして、確かにそんな暇はないと納得するほかないという現実。
それら二つに対し、強めの苛立ちを覚えながらシオンは魔石に“追跡“の魔法をかける。
それは痕跡を追うシンプルな魔法。
実のところ、研究所にて同様の魔法か逃走防止のために異世界人にかけられている。
それ故追跡自体は難しくなく、事件が伝わればすぐにロンズデイルの部隊も動くだろう。
だがベルガーンは、それを待たず一人で追ってこいと言っている。
「私一人で十分なんだね?」
『それは貴様次第であろう』
「本当に腹立つな」
ベルガーンの物言いに対する苛立ち。
わざわざ市街地で暴れまわり、護衛対象を誘拐していった襲撃者たちに対する苛立ち。
していないつもりだった油断と思慮の浅さからみすみす護衛に失敗した自身に対する、尋常でなく苛立ち。
「私は連中を追う!研究所に連絡してすぐ部隊の手配とこの場の収拾を!」
当面増えはすれど減ることはなさそうなそれらを飲み込み、生き残った護衛たちに指示を飛ばしながらシオンは駆け出す。
既にベルガーンの姿はない。
おそらくは隆夫のもとに戻ったのだろう。
「失礼、軍の者です。緊急事態につき車両を徴発させていただきます」
「えっ?」
近くに停まった車の中からこちらの様子を伺っていた男。
シオンは身分証を提示した後、彼を即座に運転席から引きずり下ろした。
彼にとって不幸だったのは、その時乗っていた車種。
車高の高いオフロード向けの車両という、シオンにとって馴染み深く好みの車種だったというだけの理不尽な理由で彼は選ばれた。
他に停まっている車はあったにも関わらず、だ。
いずれにしても「適切な」車両を得たことでシオンの追跡は始まった。
ツイッターくんには早く復活してもろて