第二章:シオン・クロップと襲撃者その1
三人称視点です。
(何者だ?)
白昼堂々、街の中で発砲した襲撃者たち。
シオンはその素性を推し量ろうと思考を巡らせる。
彼らの持つ銃は反体制組織や野盗化した脱走兵などがよく使う、シンプルな構造で悪条件にも耐える”安物“ではない。
見た目も命中精度も明らかに違う。
見える範囲ではボディアーマーも同様、調達にはコネも金も必要なそれなりの代物だ。
(傭兵か、どこかの正規兵か)
彼らの動きは戦闘経験が豊富……あるいはしっかりとした訓練を受けた者のそれ。
だとすれば彼らは明確な意図をもった何者かに差し向けられた集団であり、その目的はおそらく異世界人細田隆夫か公爵令嬢メアリ・オーモンドのどちらか、あるいはその両方と推測される。
「まあ、どうでもいいんだけど」
襲撃者が何者なのか考えるのは、問題にするのは自分の仕事ではないと彼女は思考を切り替える。
メアリの護衛として同行してきた黒服たちにとって、襲撃者は荷が重すぎる相手だ。
何しろフル武装かつ手練、そんな連中を拳銃だけで迎え撃たなければならない。
彼らに出来るのは救援到着までの時間稼ぎが精一杯、むしろその点においてはよくやっているとさえ言える。
現状、襲撃者たちを始末しうる”火力”を有しているのはシオンただ一人。
剣を構え、魔力で強化した脚で地面を蹴る。
目標は前方、襲撃者三名。
瞬間、三人が各々別の方向に向けていた視線と銃口が一斉にシオンを捉え───そして、集中砲火。
だが、当たらない。
銃の命中精度は良好で使用者自体の練度も高いにも関わらず、銃弾は一発たりともシオンに届かない。
彼女は降り注ぐ銃弾の雨を、魔法障壁で完璧に防ぎ切っていた。
連射の効く銃に向けて真正面から突進する行為は、魔法による防御が存在するこの世界においても無謀とされる。
銃撃を受け続ける間魔法障壁を維持し続ければそれだけ多くの魔力を消耗するし、かと言ってタイミングや範囲を絞れば”漏れ”が出る。
さらに技術の進化により弾丸自体の威力や貫通力が上がったことで、魔法障壁に求められる強度自体も格段に上がってしまった。
リスクが大きすぎる故に、多くの場合において選択肢から消える行動。
だが、あえてその選択をする者も存在する。
考えを放棄した者。
覚悟を決めた者。
そして”強者”。
シオンはその内、間違いなく強者というカテゴリに属する人物である。
だからこそ、その選択が許されるのだ。
「一人目」
銃弾の雨を突き抜け、接敵と同時に剣を一閃。
三人の内、真ん中にいた一人がボディアーマーごと胴を両断された。
彼らにとってシオンの行動は完全に想定外だったのだろう。
反応と判断が僅かに遅れ、その代償として一人が命を落とす。
残った二人は後方に飛び退りながら、それぞれ銃口をシオンに向け引き金を引いた。
再び乾いた音が鳴り響き、彼女に向けて左右から銃弾が殺到する。
だがその全てが───やはり魔法障壁に阻まれる。
「ファイアボール」
シオンは言葉とともに、無造作に左手を振るった。
そうして発動した魔法により出現したのは、人間の頭ほどのサイズの火球が二つ。
それが真っ直ぐに、ひどく単純な軌道で左側の襲撃者に向かう。
襲撃者はそれを魔法障壁で受けることを選んだ。
彼はその行動の理由を言語化することができない。
咄嗟に、反射的にその選択をしてしまったのかも知れない。
受け止められそうと思ったのかも知れない。
シオンの行動……魔法障壁で銃弾を受け続ける姿に思考を引っ張られたのかも知れない。
「次」
だがいずれにしても、その判断は間違いだった。
火球が着弾し、炎に巻かれた魔法障壁。
そしてそれによって彼が視界を奪われた瞬間、一気に間合いを詰めたシオンは魔法障壁ごとその身体を剣で刺し貫いた。
「最後」
そして、最後の一人の方へと駆ける。
銃弾の雨が降れど、三人分のそれですら止まらなかった彼女の進撃を残されたただ一人が止められるはずもない。
───戦闘力の次元が違いすぎる。
襲撃者がようやくその思考にたどり着いたのと、その首が胴と永遠の別れを告げることになるのはほぼ同時。
『クロップ!戻れ!!』
そしてシオンが、ベルガーンのその声を認識したのもまた同時。
弾かれたように声のした方角を見る。
隆夫たちがいるはずの場所を見る。
その瞬間目に映ったのは空から降下し、そこに着地する三人の人物の姿。
襲撃者たちと同じ武装をした者たちが、隆夫らに迫る光景だった。
(まずい)
あれが味方であるはずがない。
シオンはすぐさま地を蹴り、そちらへと駆ける。
───先んじて現れた連中は陽動。
その思考に至れなかった苛立ちから、舌打ちが漏れる。
視線の先では一人残っていた護衛が撃たれ、その場に倒れ込んだ。
どこを撃たれたのか、生きているか死んでいるかは確認することができない。
いずれにしてもこれで隆夫と、そしてメアリの周囲には味方がいなくなった。
後悔、責任転嫁、くだらない願望。
まるで必要としないそれらが頭に次々浮かぶこと自体に対する苛立ち。
それら全てを飲み込み、全速力で走るシオンの進路を塞ぐ一人の人物。
その服装から襲撃者たちの仲間、そのうちの一人だというのら明らかだ。
だが彼と他の者たちとの間には、明確な違いが存在した。
得物が銃ではなく、両の手に一本ずつ大ぶりなナイフを構えているという点。
僅かな警戒。
それが何に対してだったのかはシオンにもわからない。
もしかするとそれに理由はなく、ただの勘だったのかも知れない。
剣も襲撃者のナイフも、どちらも届かない距離。
弓矢や銃、魔法などの“射撃“しか想定しようのない距離。
そこでシオンは足を止め、そして襲撃者はナイフを振るう。
刹那、シオンの眼前……数歩先の石畳が爆ぜ飛んだ。