第二章:その12
メアリと街を巡って、改めてわかったことがある。
それはこの世界が中途半端に現世っぽくて、中途半端にファンタジーもやっているということだ。
まず通貨は金貨や銀貨といった貨幣が使われており、紙幣やカードなどというものは存在しない。
カードはともかく紙幣はあるものだと思っていたので驚いた。
次にこの世界には電気がない。
冷蔵庫やレンジのような機械は存在するが、そういうのは全部魔力で動いているらしい。
使用者の魔力を使ったり、その辺の魔力を利用したり、電池っぽいものがあったり……魔力が電気をやってるようなものだなこれ。
ちなみに車も同様に魔力で動いている。
ガソリンなどというものは存在していない。
そういう「似ているが、まるで違う」が多すぎるせいでどこに行っても、何を見ても面白い。
お陰さまで俺の挙動は完全に田舎から上京してきてカルチャーショックを受けている人間のそれだ。
まあ俺は元の世界で実際に田舎者で、東京に初めて行った時実際にこうなった。
そしてそれはベルガーンも変わらない。
俺の隣で俺と同様に、興味深げに周囲をキョロキョロ見回している。
まあこいつはこの世界の住人とはいえ、生きていた時代は遥か過去。
感覚的には異世界から来た俺とそう変わらない……何なら俺よりもこの光景を新鮮に感じていることだろう。
どうやら街中にベルガーンのことが見える人間はいないようだが、いなくて良かったなと思う。
こんな風にあっちをキョロキョロこっちをキョロキョロしている二人組とか、見えていたらさぞ目立ったことだろう。
まあ大体ベルガーンのせいだが。
こいついるだけで目立つだろうし。
「楽しんでる?」
「ああ、楽しいぞ」
メアリの問いには即答、実際楽しいし。
強いて言うなら相変わらず文字が読めないので看板も商品名もなんて書いてあるかわからないのが難点だが、読めない文字がそこかしこにあるというのもそれはそれで味がある。英字Tシャツをカッコいいと思う感覚に近いかも知れないな、読めないからこそ感じる魅力というものがある。
そんなこんなで夕暮れまで街を気の向くままに歩き回った俺たちが最後にやってきたのは、屋台が賑やかに立ち並ぶ大通り。
そこには色とりどりの屋台が軒を連ね、それぞれの店先には目を引く商品がずらりと並んでいる。
ジューシーな肉の串焼きに色鮮やかな野菜や果物、初めて見るような料理もあれば、どこかで見たようなお菓子も並んでいる。
辺りに漂う香ばしくて食欲をそそる匂いは、やっぱり肉を焼く煙から漂ってくるものだろうか、腹の虫を刺激する匂いだ。
めっちゃ腹が減ってきたぞ。
祭りでもやっているのかと思ったがそういうわけでもないらしい。
それにしても屋台の食べ物ってどうしてこう、見てると腹が減るんだ。
「タカオは何食べる?」
「おごってもらってばっかりだな」
「気にしない気にしなーい」
メアリの言葉はありがたいが気も引ける。
奢ってもらっているのは串焼きやソフトクリームなどの安い食べ物ばかりではあるが……むしろ安い食べ物だからこそこれくらいは自分で買いたいという気持ちが沸く。
要するに俺は奢られ慣れていないのだろう。
まあ自分の金で買おうにも、その金がないからどうしようもないのだが。
「じゃあこの何の肉かわからん串焼きで最後にしとくわ」
「わかった、おじさん串焼き百本」
「そんなに食えるか」
「あいよ!串焼き千本!」
「アンタも乗るな!」
俺の胃袋は宇宙にも異次元にもつながってねえ。
おっさんも桁を一つ増やすな、ノリが良すぎるだろう。
メアリが笑い、屋台のおっさんが笑い、ついでに俺も笑う。
穏やかな日常のひとコマだった。
「伏せて!」
だがそれは、少尉の声とともに突然終わりを告げた。
指示に反応はできなかった。
身体を動かす前に何事かと思考を巡らせながらゆっくりと少尉の方を向こうとした俺は、少尉に後襟を掴まれ地面に引き倒された。
それとほぼ同時に響く、乾いた音。
それが銃声であると俺が理解するまでには、多少の時間を要した。