第二章:その10
「ねー、タカオ暇になったっしょ?」
「うわ来た」
「え、その反応はさすがに傷つく」
笑ってんじゃねえか、嘘をつくな嘘を。
その日の午後、いつも通り窓からメアリが襲来した。
こいつ昼も夜も関係なしかよ、公爵令嬢なんだから少しは人目を気にしろ。
あとピンポイントで俺が暇なタイミングに来るのは一体何なんだ。
まるで俺の予定を……なんか把握してそうな気がしてきたな。
俺の検査結果まで把握してたこいつの謎情報網ならあり得るかもしれん。
「出かけない?出かけるっしょ?」
圧が強い。
行かないとは言いがたい雰囲気なんだが、年下の女の子に押し切られるとかそれでいいのか俺は。
「俺、ここの研究所からは出るなって言われてるんだが」
とはいえ、実のところ俺は研究所の敷地内からは出ることが出来ない。
機密を扱ってるらしい区画以外は内部を自由に歩き回れるのだが、外に出られるのは中庭まで。
外出できない理由はわからないが、この状況ならそりゃ行動は制限されるだろうという感じではある。
むしろ研究所内なら好き勝手動けるというのは、かなり自由にさせてもらってる印象だ。
なので特に不満があるわけでもなく、行きたい場所があるわけでもないので俺は特に何も聞かずその指示に従っている。
「外出の許可はとったから大丈夫」
「すごいなお前」
こいつの行動力はどうなってるんだ。
そしてどんな権力だ。
たぶん公爵家の力なんだろうけど、俺との外出ごときに使っていいのかその権力。
まあ兄貴……エドワードのあの言動を見てたらメアリに甘いってのは容易に想像がつくし、余程の無茶でない限り何でもありなんだろうな。
被検体の外出が「余程の無茶」になるかならないかは……俺はなると思うんだが、公爵家的には良いんだろうか、よくわからん。
というかもしかして、エドワードのあの圧力は俺とメアリが外出することを知ってたからか?
「というわけであとはホソダさんの意思一つでーす」
メアリの向日葵かみたいな眩しい笑顔、当社比二割増し。
うわあ断りにくい。
まあもっとも、メアリは別に断っても不機嫌になったり文句言ってきたりすることはないだろう。
ごくごく短い付き合いだが、こいつはそこまでわがままではないという印象がある。
だが逆にそれ故断りにくい、親兄弟もこんな気持ちで甘やかしてるんだろうか。
「仕方ねえな……」
「はい、けってーい!」
結局俺は押し切られることとなった。
メアリに腕を掴まれた俺は、さしたる抵抗もできぬまま玄関に向けて引きずられていく。
道すがら、途中途中ですれ違う研究員たちが無言で俺に向けてくる何とも言えない視線。
正直だいぶ哀れみがこもってる気がする。
頼むから何か言ってくれ。
いややっぱなし、何も言わないで。
できればひそひそ話とかも俺がいなくなってからにして。
「……何してるの?」
そんななか、視線でも言葉でも真っ向から「何やってんだこいつ」という呆れの感情をぶつけてきた人物がいた。
そう、少尉である。
「こんにちはクロップ少尉、これこれこうでホソダ様をお借りしますね」
「こんにちはメアリ様、私はこれこれこうの部分について知りたいので略されると困るのですが」
メアリよ、何故これこれこうで押し切れると思った?
まさか普段はそれで突破できてるのか?
少尉はすごくげんなりしてる。
めんどくせえという感情を隠そうともしていない。
連休明けに貯まった仕事を眺めている時の俺みたいだ。
というかメアリは一応貴族なんだけど、取り繕わず垂れ流していい感情なんだろうか。
いやすっごく気持ちはわかるんだけど。
「せっかく異世界からいらしたお客様ですし、せめてオーレスコの街だけでもご案内して差し上げたいと……あ、許可は取っております」
流れるようにメアリが「これこれこう」について説明する。
移動手段から護衛の人数まで事細かに。
最初からそう言えよ。
「……そのようですね、たった今上司から私も同行するようにという命令が来ました」
メアリの顔、そして自分が手に持った端末。
その二つに交互に視線を向けながらそう言った少尉の顔は、げんなりを通り越して疲れ果てていた。
あれは行きたくねえ、めんどくせえと思っている顔だ。
お疲れ様ですマジで。
「……着替えてまいりますので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、玄関でお待ちしておりますね!」
眩い笑顔のメアリと、徹夜明けみたいに暗い顔の少尉。
二人の表情のコントラストが効きすぎている。
昼と夜かよ。
「ちぇー、タカオと二人でデートする予定だったのになー」
「そもそも護衛いるって言ってたろ」
「ウケる、そういう細かいこと覚えてなくていいし」
メアリとの会話で主導権を握れる奴ってこの世に存在するんだろうか。
俺では無理だし少尉でもダメそうだし……家族相手はどんな感じなんだろうか。
ただエドワードはあんな感じで父親も親馬鹿って話だから、母親くらいしか望みがない。
再び腕を掴まれ、引きずられるように玄関へと向かいながら俺はそんなことを考える。
ちなみに玄関には黒塗りの高そうな車が停まっていた。
どうやら俺はあれに乗せられるらしい。