第二章:その8
その後も俺に対する質問コーナーは続いた。
しかしオルフェーヴルが馬の名前という部分が余程気になったのか、皆どこか困惑気味で気もそぞろ。
お陰でこれまでのようにがっついて質問されることもなく終始穏やかな……穏やかって表現でいいのかはわからないが、そんな空気感のまま質問会は終わった。
俺的にはありがたい。
そして少し時は流れ夜、だいたい晩飯の前くらいの時間帯。
部屋で落書きをしながら時間を潰し、そろそろ飯かと顔を上げた俺は……窓の外から笑顔で手を振るメアリと目が合った。
「なんでいるんだよ……」
「えぇー?冷たくない?」
仕方なく窓を開け、メアリを迎え入れる。
入れなければ魔法で鍵を開けて勝手に入ってくるんだからもうどうしようもない。
「せっかくお土産にスコーンと紅茶持ってきたのに」
「飯の時間に持ってくるお土産じゃないだろ……」
入ってくるなりメアリが差し出してきたバスケットからは、バターとか小麦のいい香りがした。
一緒に入っている水筒にしか見えないものはやっぱり水筒で、この中に紅茶が入っているのだろうか。
「ふぅん、じゃあいらない?」
「いる」
腹が立つことに、スコーンはめちゃくちゃ食欲をそそる香りと見た目だ。
そして恐らく焼きたて。
こんなものを見せられたら食後でも食欲が湧きかねない。
そして実際に食べてみたところ見た目どおり、匂いのとおり美味かった。
水筒に入っていた紅茶も実にフルーティー。
何の果物かはわからないがとても飲みやすく、砂糖なしでもほんのり甘くて俺好みの美味さ。
もしや貴族は普段からこんなもの食べてるのだろうか、だとしたら羨ましいな。
「メアリは食べないのか?」
「ご飯食べてきた」
「お前本当に自由だな」
なんで食べてきてるんだよ、これはどう考えても一緒に食べる流れだろ。
いや一緒に食べたかったとかそういうのは一切ないけども。
と言うか食べてきたってことは飯時だってわかってんじゃねえか、俺も食べ終わってたらどうする気だったんだよ。
「それで、今日は何しに来たんだ?」
「“オルフェーヴル“のこと聞きたくて」
聞けば、メアリはまだ自分の”魔法の杖”を召喚していないらしい。
自由にさせてくれる父や兄も、さすがにそれはまだ早いと許してくれないんだそうだ。
そりゃあそうだろうな、と思う。
”魔法の杖”の主な用途はやはり戦闘。
もちろんそれにしか使えないってことはないだろうが、大事な娘に武器を与えたいと思う親兄弟もいないだろう。
可愛がっているならなおさらだろう。
「どうしても召喚したいとかはないんだけどね、さすがにそこまで迷惑かけらんないし」
その辺りはメアリも理解し、納得しているようだった。
甘やかし放題の親なら押し切られるし、わがまま放題の娘なら反発するか勝手にやるだろうがそうなってはいない。
公爵家の家族仲が良いのがうかがい知れるな。
そして締めるとこはちゃんと締めてる。
まあ変な奴に育ったのは間違いないようだが……常識は備わってるっぽい分なおのこと変だな。
「俺はそこまで詳しく話せないけどそれでもいいなら」
「大丈夫、タカオがダメでもベルガーンいるし」
ダメって言うな。
まあでも確かに隣にその道の専門家がいる状況って、俺みたいな超初心者の体験談を聞くには理想的かもしれん。
ワケわかんないこと言っても補足してもらえるし。
「とりあえず、なんでお馬さんの名前つけたの?そこが一番気になる」
「ああ、それは……」
それに関してはオルフェーヴルのことが好きだったのと、”魔法の杖”が眩い金色だったせいである。
召喚の呪文から微妙に世紀末覇王も連想したが、より好きな方にした。
『“暴君“だの“覇王“だの、貴様の世界の馬はいったいどういう位置付けなのだ……』
ベルガーンがかなり困惑気味にそんなことを言ってきたが、正直そこは俺にもよくわからない。
まあ大仰な二つ名が好きなのは俺の世界というか、日本人の国民性のような気がする。
その後は乗り心地だとか何が出来るのかなどを聞かれ、俺が答えベルガーンが補足するという流れで会話は盛り上がった。
俺が知らんことも教えてもらえたので俺も勉強になった。
ちなみに“オルフェーヴル“が格闘戦とブースターダッシュ以外の挙動をさせられるようになるか否かは俺次第らしい。
『出来ることを増やすには貴様が魔法を使えるようになる他ないが……』
「暗に望み薄って言ってるだろ」
でも確かに俺が魔法を覚えて使えるようになってる姿って想像つかないんだよな。
なんでこんな「魔力だけはある」とかいうよくわからない才能持って生まれてきたんだ俺は。
出力の才能とセットだろ普通。
「質問は以上か?満足したか?」
「微妙!」
「なんでだよ」
またこれだよ。
こいつはどうやったら満足するんだ。
「てかタカオ、今度街に一緒にいかない?案内するよ!」
おい突然話がロケットみたいに飛んだぞ。
あれ俺今何の話してたっけってなったじゃねえか。
「異世界から来たんならだいたい全部珍しいっしょ?」
実はそうでもないんだよな。
見覚えがあるものの方が多いと言い切れる。
ただその見覚えのあるものの中にアクセントのように混じってるファンタジー要素のせいで、見るもの見るもの新鮮味があるのもまた確か。
ずいぶん変な世界に来たな、と常々思っている。
「じゃあ暇なときに頼む」
一応オーレスコの街並み自体は研究所に来る途中に車の中から眺めたが、たぶん歩くとまた違うだろう。
露店とかで売っている物も見てみたいし、食べ歩きもしてみたい。
要するに純粋に興味があるので、俺にとっては渡りに船の提案だ。
「タカオいつも暇なんじゃないの」
どんな偏見だ。
俺はそんな暇では……ないとも言い切れんな。
研究所には予定があるかもしれんが、俺には全く予定がない。
いつまでここにいれば良いのかもよくわからないし。
『暇だろう』
うるせえよ。
なんかそこは認めたら負けな気がするんだよ。
イクイノックスはいったいどうやったら負けるんだ