第十章∶その31
そして、数日が経った。
結局オークたちの侵攻はお流れになり、まだ警戒こそ解かれていないものの辺境伯領やその周辺地域には安堵が広がっている。
そりゃあそうだろうと思う。
俺自身実物を見て思い知ったことだが、オークという種族はヤバすぎる。
どうも”魔法の杖”を召喚することはできないらしいが、そんなもん無くてもあいつらは強い。
昔は天災扱いされていたというのも納得だ。
戦争になったら帝国が負けるとまでは思わないが、甚大な被害が出るというのは簡単に想像がつく。
要するに今の帝国は「台風が来なくて良かった」も喜んでいるに等しく、俺としても納得感しかない。
そしてお流れになった理由としてはやはり行方不明になった”豚頭”と、どう見ても彼と戦闘になって死んだ”猪頭”たちの死体の発見が大きい。
まず侵攻自体が「密猟者たちにオークが殺された」ことに対する怒りに由来するもので、その前提が完全にとは言わないが崩れたのだから当たり前だ。
さらに言えばそれが”猪頭”……共同体内部の者たちの工作という可能性が高いのだから、もはややりたくてもできない感じだろう。
結局”豚頭”と”猪頭”が互いに背を向けるような形で大集結は解散。
悪ければこのままオークの共同体は二つに割れると、そんな状況らしい。
「とのことですが……大丈夫ですか?」
「あっはい聞いてますし大丈夫です」
この辺りの話を俺は今、辺境伯邸のベッドの上でアンナさんから聞かされている。
そう、ベッドの上でだ。
俺は今現在、割とキツめの風邪をひいて寝込んでいる状態。
泥まみれになり「寒い」と感じた時点でヤバい気はしていたが、やはり駄目。
サバリ達との戦闘後早々に辺境伯領に帰って風呂に入り、着替えて一度布団に入って寝たが無駄な抵抗だった。
まあ泥だらけになったせいとかいう以前にあんな薄着でクソ寒い夜を越したんだから、風邪はひいて当たり前ではある。
症状としては、咳は出ないが鼻水が酷く熱高め。
あとどうにも腕とか脚の筋肉が痛いと感じるので、けっこう重たい奴をひいたっぽい。
そして残念なことにこの世界には……正確に言うとこの世界にも、風邪を速攻で治す便利な方法は存在しない。
薬でも、魔法でも無理。
なのでとりあえず身体が温まったり滋養に効くらしい薬草を飲んで寝るしかない。
おのれ風邪、なんで世界が変わっても微妙に嫌な存在なんだ。
「ゲイェ様が残念がっておりました」
「俺も残念だわ……」
オーク側の状況と今後の展望を俺たちに……というより辺境伯家、ひいては帝国に伝えてきたのはゲイェ。
左腕を失ったりけっこうな重傷を負っていたはずのあの爺さんが、正式な使者として河を渡ってきたのだ。
俺はご覧の有様なので会うことはできなかったが、話を聞いた時は「元気すぎるだろう」と思った。
「それからあの毛皮はやはり受け取ってほしいと」
そしてゲイェからもらった毛皮は返品不可、もう完全に俺のものになった。
帰る前にも一度返品を試みたが駄目、今回の来訪時にアンナさんを通じて打診しても駄目だったので多分もう機会はない。
ゲイェとしては「個人的に礼をしたいだけなので軽い気持ちで受け取って欲しい」とのことだが、俺には無理だ。
「どうするのがいいんですかね、これ……」
掛け布団の上で追加の掛け布団みたいになっているデカい毛皮を見る。
何度見ても「高そう」という感想が真っ先に出る物体。
色合いも綺麗で手触り肌触りもいい、しかも泥汚れは洗ったら……洗ってもらったら簡単に落ちた。
縮んだりもしていない。
あまりにも質が良すぎるというのが、俺ですらわかる。
「そうですね……このサイズですとコートやマントに仕立てるとか」
───それ俺に似合うんだろうか。
アンナさんの提案に対してまずそんな不安がよぎった瞬間、部屋の隅から「ンブッ」みたいな声が聞こえた。
言わずもがな少尉である、さぞかし面白い俺を想像したことだろう。
「もしくはどなたかにプレゼントなさるとか」
「あーいいっすねそれ」
少なくとも俺が身につけるよりは有効活用されそうだ。
身につけるパターンはいくら考えても俺自身、面白い絵面の俺しか浮かんでこないし。
プレゼントするとして相手は……まあ女性陣の誰かだな。
ヘンリーくんやロンズデイルに贈るのは、全然アリだがなんか違う気がする。
まあその辺は寝ながらのんびり考えよう。
「そういえばウェンディは?」
女性陣と考えて顔が浮かんだウェンディは、帰還して即当主にドナドナされていった。
最後に俺たちの方に向けてきたこの世の終わりみたいな顔がどうにも忘れられない。
その後は俺がこうなってしまったので全く会えていないが元気だろうか。
生きてるだろうか。
「ウェンディ様は魂が抜けた人形のようになっておいでです」
「やっぱり」
どうやら「事件が解決したので無罪放免です」とはならなかったらしい。
まあ当たり前の話ではある、そんな裁定を下したら周りに示しがつかない。
どんな罰を受けるか受けたかはアンナさんも知らないようだが、とりあえず丸一日色んな人から怒られ続けたことだけは確定。
それが終わってから今現在に至るまでの間、ウェンディは割と見る影もない状態だそうだ。
「俺には何もなし?」
「ホソダ様にはむしろ「娘がご迷惑をおかけした」と」
俺も何かしら怒られるかと思ったが、そうでもなかった。
むしろ礼を言われるのは反応に困る。
礼を言われるようなことはやってないし、「ご迷惑をおかけしました」はこちらの台詞だ。
帰り際にでも当主と会う機会があったら伝えておこう。
「ホソダ様の体調が戻るまではここに滞在させていただくことになっておりますので、ゆっくりお休みください」
「なんかすいません」
元々いつからいつまでみたいな滞在期間を決めて辺境伯領に来た訳では無いが、現状は完全に俺のせいで足止めを食らっている形。
非常に申し訳なさがある。
昨日ようやく到着したロンズデイルたちの休養にもなるので気にしなくていいみたいなことも言われたが、流石に気にしないのは無理だ。
だからといって、何かできることがあるわけでもないんだが。
「ホントにドタバタした夏休みだったな……」
まだ期間はそれなりに残っているが、この調子だともう夏休みの間に何かをする気力や体力はもう残っていない気がする。
つまり、あっという間に新学期だ。
その点に若干の憂鬱さを感じながら、俺は回転の鈍い頭で夏休みのことを思い返す。
もしかしてこの風邪は疲れのせいもあるんだろうかなどと考えながら。
これにて第十章は終了となります。
今年は多くの方に高評価、ブックマークをいただけました。本当にありがとうございました。
また次の章が書き上がりましたら投稿させていただきますので、その際はよろしくお願いいたします。




