第十章∶その30
どうやら、終わったらしい。
ウェンディがなんかもう超ウェンディとしか言いようがない状態になり、とんでもないパワーでサバリを物理的に両断した。
駆け引きとか使われた魔法とかさっぱり分からない俺にはそのくらいしか認識できていないが、とりあえず勝ったという事はわかる。
そして周囲の”豚頭”対”猪頭”の戦いもほぼ決着がついた様子。
結果は”豚頭”の勝利。
開始時はだいたい同じくらいの人数だったのに、ウェンディが何人も倒したせいで速攻で均衡が崩れてたからな。
そりゃそうなる、という感じの結果ではある。
「とりあえずウェンディが強いことはわかった」
要するにウェンディの存在が戦況を左右したというわけだ。
強いことは知っていたしオークと比較しても相当に強いというのは河を渡って早々の戦いで分かりきっていたことだが、それでもあそこまでとは思わなかった。
「帝国ってウェンディみたいなのがゴロゴロ───」
「してるわけないでしょ」
「ですよね」
俺の質問は言い終わる前に少尉によって一刀両断された。
そりゃそうだという話ではあるが、俺の周りにいるのは少尉にウェンディにアンナさんにヘンリーくん。
正直化け物たちのパラダイスなんだからこういう感覚になるのも許して欲しい。
『あの若さであそこまで至るのは並大抵のことではない。
まず間違いなく歴史に名を残すであろうな』
ベルガーンからも強さにお墨付き。
そう、ウェンディはまだ少女と言っていい年頃なのだ。
ミスティック・ネストの連中のように長期間学園に居座っている学生もどきではなく、普通の学生。
この戦闘能力の上に家柄と容姿と頭脳も優れているとくれば、天は一体何物を与えれば気が済むのかという話になる。
いやまあ代償としてブレーキが壊れてると言うか実装されていないきらいはあるが、多分それでも尚釣り合いは取れていないのではなかろうか。
「ゲイェ様は大丈夫なのか……?」
「わからん、かなりの深手に見えたが」
その時、そんな話し声が聞こえた。
声の主は戦闘には出ていかなかったオークたち。
彼らは次々と立ち上がり、小走りにゲイェたちのいる方へと向かっていく。
「俺たちも行くか……ってひでぇなこれ」
それに倣い、俺も立ち上がる。
そして自分の身体に目を移せば、俺の服は胸から膝のあたりまで泥でガッツリ汚れていた。
なんか濡れつつザラザラした感触が気持ち悪いし寒い。
今の俺のように泥だらけになっている球児の映像や写真を元の世界でよく見た気がするが、彼らもこんな感覚を味わっていたんだろうか。
だとすればご苦労様としか言いようがない。
「着替えたほうが良いんじゃないこれ」
「着替えとかないんだよなあ」
原因を作った少尉に悪びれた様子はない。
まあ彼女が俺を地面に引き倒したのは悪気があってのことではなく、むしろ守るためにやってくれたこと。
なので文句はないしむしろ感謝すべきなのだろうが……なんだろうこの感謝の気持ちだけは伝えたくないみたいな感情は。
「屋敷に戻りましたらすぐ身体を温めましょう」
一方アンナさんは心配してくれている、優しい。
ただ彼女にも現状打てる手は何もない。
俺の丈夫さに賭けつつ、先の予定を立てるしかない状況。
なんというか、改めて俺たちの”河越え”が無計画で無謀な代物だったかを物語る状況だ。
「まあ何とかなりそうなのは良かったな」
とはいえその無謀の結果、帝国とオークの衝突とかいう洒落にならない事態は回避できそうな……最悪でも先送りされそうな気がする。
少なくともオーク殺しに関する嫌疑を一方的に押し付けられる状況にはならないはずだ。
これでもまだ河を渡って侵攻してくるというならもうどうしょうもないが、たぶんそうはなるまい。
全容は不明ながら今回の件、どうにもオークの社会が抱える問題が表面化した事件だったような印象がある。
特に”豚頭”と”猪頭”、ベルガーンをして「まだ同じ共同体を形成していたのか」的なことを言わしめた二種族の関係はもう限界だろう。
何しろ一部の者同士とはいえ、殺し合いに発展するほど拗れてしまったのだから。
そんな状況で帝国との戦いを優先するようなイカれた連中だとは、流石に思わない。
『よもや貴様が解決の切欠になるとは思いもせなんだわ』
「それは俺も」
結局名前すら知ることのなかったオークの幽霊。
彼が俺の前に現れてくれたお陰で今回の件は解決した。
何故俺にだけ彼の姿が見えたのかは謎のままだし、今でも気になっている。
ただ一つ間違いないのは「見えて良かった」ということ。
もしあれがなければ解決の糸口が見つからないどころか、やってきた”豚頭”たちと戦闘になっていた。
そしてそのままなし崩し的に帝国とオークの戦いは不可避のものになっていったことだろう。
もう一度森の奥……彼の亡骸がある方向に目を向ける。
そして、合掌。
果たして彼の無念が晴れたかどうかは分からない。
もしかすると永久に晴れることなどないのかもしれない。
幽霊として現れたのはその発露の一端でしかない可能性も十分にある。
ただそれでも俺は心の中に言葉を浮かべる。
「現れてくれてありがとう」そして「お疲れ様」と。
「じゃ、今度こそ行くか」
やるべきことを終えた俺たちはゆっくりと森を出る。
視線の先にはゲイェを取り囲むオークたちの人だかりと、その脇で様子を見つめるウェンディの姿。
彼女は俺たちに気がつくと誇らしげにハルバードを掲げ、笑顔を向けてきた。
「お疲れさん!」
俺の言葉が合図だったかのように精霊さんたちがそちらへと飛んでいく。
皆労いと称賛の言葉を口にしながら。
河を渡ってからの経過時間はせいぜい半日。
尋常でない密度のイベントだったと言わざるを得ない。
ただそれだけ事態は動かせた訳だし、無茶はやったがやって良かったとは思う。




