第十章∶その29
オーク同士の戦闘は、想定よりもはるかにグロかった。
双方が野太い雄叫びを上げた後に始まったのは、互いに重武器を振り回しての接近戦。
俺がこの世界に来てからこれまでに見たり参加したりしたのは、銃の軽く乾いた音の響く戦いがほとんど。
今回のように重く鈍くそして湿った音の響く戦場は初めてで、繰り返しになるがむっちゃグロい。
遠巻きだからまだ見てられるが、近距離だと直視できる自信がない。
「てか”猪頭”って、随分と無茶な戦い方するんだな」
そんな中で気になったのは、”猪頭”たちの戦い方。
防御を捨てているというわけではないのだが、致命傷になりそうなもの以外大半のものは無視してひたすら前に出る。
まるで、自身の肉体を囮に使っているかのように。
一人二人がそうしているわけではなく皆そうなので、たぶん種族特有の戦い方なのだろう。
まさしく猪突猛進といった感じだ。
「尋常でない耐久力があるからこそ可能な戦い方ですね」
アンナさんもその戦いを食い入るように見つめている。
理由は……筋肉かな。
筋肉の塊と筋肉の塊がぶつかり合う戦場はまあ、気になることだろう。
さておき彼女が言及した通り、”猪頭”の耐久力は凄まじい。
ガードしていない箇所に攻撃を食らっても、あまり効いている様子がない。
”魔法障壁”を使っている様子もなくどう見ても直撃してるんだが、アレもなんかタネがあるんだろうか。
『”硬化”だな』
「初めて聞くが、それも魔法か?」
『いかにも、”肉体強化”の亜種だ』
ベルガーンによれば”猪頭”たちの尋常ならざる耐久力は、”硬化”という自身の肉体を頑強にする魔法によるものらしい。
さして難しい魔法ではなく、”肉体強化”を使える者なら簡単に行使できる強化魔法。
では何故そんな簡単なものを俺は見たことも聞いたこともなかったかと言えば、人間やエルフといった普通の肉体の種族が使うには全く向いていない魔法だからだ。
オークという肉体が頑強かつ、魔法の精緻な取り扱いを不得手とする種族だから使っているような代物。
それ以外の種族からははっきり言って不要に等しい扱いを受けており、当然学園で学ぶ魔法の教科書にも載っていない。
そりゃあそうだろうと思う。
”魔法障壁”という割とリスク低めの防御魔法と肉体で受ける”硬化”を比較して”硬化”の方を選ぶかと言われたら、俺はNOだ。
「なるほど、”硬化”によって強化された肉体と分厚い体毛が頑強な鎧を形成しているわけですね」
アンナさん、とても興味津々な様子。
やはりこの人は筋肉が好きすぎる。
とりあえず話を聞いている限り、”猪頭”ほど”硬化”の使用に向いている種族はいないだろうなと思う。
魔法を精緻に使えないが故の消去法みたいに言われていたが、雑に使ってあの強度なら”魔法障壁”を使うよりも堅くなっている可能性が高い。
それにプラスしてオーク特有の高い膂力があるなら、「強く勇猛な種族」などど驕りたくなるのもやむなしと言ったところだろう。
実際”対する豚頭”たちは、押し切られてはいないまでもだいぶ苦戦してる様子だし。
だが、そんな中で───
「すげえな、ウェンディ」
ウェンディが暴れまわっている。
さも当たり前のように、涼しい顔で。
今回のウェンディはこれまでのように得物を振り回す荒々しい戦いぶりとは打って変わって、ハルバードという武器の特性を活かしたとても器用な戦い方をしている。
先端で喉など弱い部分を突く、鉤爪で脚を払い転んだところに思いっきり斧頭部を振り下ろす、といった具合だ。
ただ彼女がやっているのは普通の人間……いや多少強いくらいの人間にはできない芸当。
”猪頭”の脚に鉤爪を引っ掛けたとて、引き倒すのは簡単ではない。
急所を狙ったところで貫けず、斧頭を思いっきり振り下ろしたところで致命傷は与えられない者が大半だろう。
俺には無理だと断言できる。
オークと真正面から打ち合えるだけの力、体毛と”硬化”した肉体という鎧を貫けるだけの力を持つウェンディだからこそできること。
なんか「彼女がいれば北方は安泰だ」という話を聞いたことがある気がするが、それは誇張や世辞の類ではなくガチの評価だったのではないかと思える。
〚スゴイ スゴイ〛
〚ツヨイ ツヨイ〛
気付けば、いつの間にやら精霊さんたちが戻ってきていた。
少し疲れた表情のセラちゃんの姿もある。
「おかえり」
『た、ただいま戻りました』
聞けば投石が飛んできた直後に精霊さんたちがパニックを起こし、森の奥に向かって散り散りに逃げてしまったんだそうだ。
それを何とか全員集めて戻って来るのに今までかかった、とのこと。
心からお疲れ様と思うし、よく全員見つけられたなとも思う。
何なら戦闘後に森の中で精霊さんたちの大捜索をしなければならなかった可能性もある。
やっぱり心の底からお疲れ様と言いたい。
「そういえば」
精霊さんたちの姿を見て、ふと思い浮かんだことがある。
忘れないうちにベルガーンに聞いておこう。
「俺、生身の状態で精霊さんたちの力借りたら戦えるようになったりしないのか?」
”魔法の杖”と同調した状態で精霊さんたちの力を借りると、俺はとても強くなる。
素の状態だと勝てる要素が見えなかった”一つ目のデーモン”を普通に圧倒できる程度には。
もしかしたら生身の状態で精霊さんたちの力を借りたら、あそこまでとはいかないまでも一人で戦える程度にはなったりしないだろうか。
正直いつまでも生身だと戦力外とか心苦しいんだよな。
今回も俺が戦えたら全然違った気がするし。
〚ドウ?〛
〚ナル?〛
精霊さんたちがベルガーンの周りをふよふよと回っている。
どうやら俺の質問に対する答えに興味津々らしい。
『そんな簡単に強くなれるなら誰も苦労はせん』
だが、色良い返事は返ってこなかった。
『貴様はまともに戦うには能力も経験も足りなすぎる』
ぐうの音も出ない。
やはり俺の戦力外っぷりは、精霊さんの力を借りたところでどうにかなるものではないらしい。
学園で受けてる基礎訓練でヒィヒィ言ってるくらいだし、さもありんという感じではあるが。
『貴様が戦い始めると、むしろクロップの負担が増えるぞ』
言われて少尉の方を見れば「想像しただけでげんなりする」とでも言いたげな顔をしている。
確かに現状は俺が大人しくしているから少尉が気を配るべき範囲も限られる、とかそういうのもあるかも知れない。
思い返せば彼女は俺が”オルフェーヴル”と同調して戦ってる間も、なんだかんだと言いながら周囲でしっかりとフォローしてくれている。
あの状態とは比べるのもおこがましい程度には弱っちい生身だと相当な苦労をかけることになるのは想像に難くない。
周囲の負担を減らすつもりが逆に増やす羽目になったら本末転倒だし大人しくしていよう。
『とはいえやることが増えて悪いことはない、これまで通り訓練に励みながら色々試してみよ』
「へぇい」
まあ要するに「今はそんなタイミングではない」ってことだろう。
試すにしてもこの件が落ち着いて……学園に戻ってからだな。
正直辺境伯領にいる間はそんな暇なさそう───
───轟音。
俺の呑気な思考は、その時響いた轟音で中断された。
───轟音。
凄まじい音とともに木々が、大地が揺れる。
その揺れ方たるや、そこそこの地震並。
周囲に倒れかけの木がなくて良かったとつくづく思う。
そんなものがあったらこの地響きで確実に倒れていたことだろう、危ないったらありゃしない。
「なんだあれ……」
その揺れを引き起こしているのは二人のオーク。
この戦闘の主役と言っても過言ではないゲイェとサバリだ。
ゲイェは巨大なバルディッシュ。
サバリは両の腕に一本ずつの戦斧。
双方共に軽々と、まるでさしたる重みなどないかのように得物を振り回しながらの戦闘。
だがその得物が実際にはとんでもない質量を誇る物体だというのは、打ち合う音が示している。
ゲイェとウェンディが打ち合っていた時より尚重く、そして鋭い音。
俺がこれまでに聞いたことのない、何かに例えようのない音が辺りに響き渡っている。
先程ウェンディは「自分と戦った時、ゲイェは手加減をしていた」的なことを言っていたが、それがお世辞的なものではなく事実だろうというのは俺もわかっていた。
あの時ゲイェは負けたほうが利がある状況だったし、どうにも底の見えない爺さんだなあという印象もあったからだ。
ただ正直、ここまでの力を隠していたとは思いもよらなかった。
武器は風を切るほど速く振るわれ、そしてそれが地に叩きつけられれば土が爆ぜたように舞い上がる。
それも乾いた軽い土ではなく、水分をかなり含んだ泥のように重い土がだ。
一撃一撃にどんな威力が込められているのかを考えるだけで寒気がする。
俺があんなもん食らったら一撃でお陀仏待ったなし、何なら消し飛んで行方不明扱いになってしまうのではないか。
兎にも角にも、眼前で展開されているのはそんな次元の違う戦いなのだ。
「なんか二人とも、武器が光ってんだけど」
そしてその戦いの中でひときわ目を引くのは、色は違えど淡いが強い光を放つ二人の武器。
漫画やアニメではよくあるエフェクトだが、俺はこの魔法のある世界でもあんなものをあまり見たことがない。
唯一似たようなものを見たのは”闇の森”でのドラゴンゾンビ戦、少尉がなんかすげぇ威力で剣を飛ばした時。
アレは剣に凄い魔力を込めた感じだったが、今回のゲイェたちも同じような感じなんだろうか。
『”紋章”だ、あれもほぼオークしか使わぬ魔法だな』
”硬化”に続き、これまた全く聞き覚えのない魔法。
事前に武器に術式を仕込み、そこに魔力を流し込むことで戦闘力強化の効果を得られる……要するに武器にバフ効果を付与する魔法らしい。
その効果は流す魔力が多ければ多いほど高まる。
眼前のオーク二人のように武器が光を放つほどに魔力を注ぎ込めば、恐らくは”アームド”なら装甲ごと一撃で破砕できるのではないかとのこと。
どう考えても凄い効果なのにこれまた他種族が使わないのは何故なのかと思ったら、ベルガーン曰く原因は制御の難しさと反動の重さ。
”紋章”によって強化された肉体は、動きすぎるのだそう。
感覚的には暴れ馬を力で操作しようとするのに近く、強化量を増やせばその難易度も上がる。
そりゃ扱いにくいし疲れるわ。
簡易的な儀式魔法に近い仕組みのためベルガーンの時代でも改良は試みられたそうだが、「術式が複雑化する」「効果量が落ちる」などの問題が発生しことごとく失敗。
結局”肉体強化”という効果量こそ少ないが扱いが圧倒的に楽な魔法が存在することもあり、実質的に匙を投げられるような形で放置されることとなったんだそう。
ただそんな欠陥品に片足を突っ込んだ魔法を好んで使った種族がいる、それがオークだ。
魔力の操作が苦手で、それでいて肉体の強さに絶対的な自信を持つ彼らにとっては何か琴線に触れるものがあったのだろう。
いつしか”紋章”はオークたちの中で「この術式を一人で組み立てられたら一人前」という儀式的な意味も持ち始め、彼らを象徴する魔法となった。
そしてそれはベルガーンの生きた時代からかなりの時を経た今でも変わらず、オークたちは”豚頭”と”猪頭”を問わず使っているようだ。
なんかこいつらほんと変な魔法ばっかり使ってるな。
『あの二人はその質が段違いだ』
そしてゲイェとサバリは割ととんでもないことをしているらしい。
”紋章”が光を放つほど多くの魔力を注ぎ込めば、当然反動も増える。
二人にはそれを制御し使いこなすだけの肉体的強さ、そしてセンスがあるということだ。
───怪獣大決戦。
俺の中で、そんなワードが浮かぶ。




