第十章∶オークたち
帝国からやってきた人間と負傷した同胞、彼らを森に残してゲイェたちはゆっくりと歩み出る。
そして平原にて向かい合う、二つの集団。
片や”豚頭”。
片や””猪頭”。
同じオークという大枠で括られながらも厳密には違う二つの種族が、明らかに剣呑な雰囲気を纏いながら対峙している。
実のところ二種族は元々険悪。
長年に渡り交流よりもトラブルの数のほうが多い、そんな関係性だ。
だが今回のように大人数が武器を携え、戦意と殺意を滾らせながら対峙したケースは極々稀。
長い歴史を遡れば「なかったわけではない」という出来事ではあるものの近年、少なくともゲイェが生きてきた年月の中では起こったことがない。
故に現状は異常事態と、そう言って差し支えないだろう。
「待たせたね」
そしてゲイェは”豚頭”たちの先頭に立ち、同様に”猪頭”たちの先頭に立つサバリと対峙する。
(こりゃ戦いは避けられそうにねぇな)
元々戦闘の回避など期待していたわけではないとはいえ、間近でサバリの顔を見てゲイェは確信した。
「こいつらは明確に自分たちを殺しに来たのだ」と。
「で、何の用だい?」
そんな中でサバリが自身を呼びつけた理由が、ゲイェにはわからない。
この期に及んで何を話すというのか、とすら思う。
現状なら投石後に強襲という行動を選択していた方がシンプルでわかりやすく、何よりもオークらしい。
「ほぉ、思ったより無事な者が多いな」
そわなゲイェのことなど意に介さず、問いかけも半ば無視するようにしてサバリは”豚頭”の数を数える。
「喜ばしいことに皆丈夫でね」
投石は完全な奇襲であり、また威力も殺意も高かった。
にも関わらず”豚頭”に死者が出なかったという事実は、ゲイェとて驚きが先に来る。
少しでも何かが変われば、きっと被害は爆発的に増えていたことだろう。
そしてそれらについて思考を巡らす際にゲイェの脳裏に浮かぶのは一人の人間。
現在後方で待機しておりここには居ない隆夫……ゲイェ自身は個体名を知らない男の顔だ。
彼の中で細田隆夫という存在は、理解不能な事態を引き起こす得体の知れない人物という認識になってしまっている。
今回の被害が重くはなかったのも「先頭を歩いていた彼が自分たちには見えない何かしらを見た。あるいは感じた結果ではないか」と。
ゲイェのみならずオークの中に隆夫の実態を認識できる者がいないが故の悲劇なのだが、随分と誇大な誤解である。
「そこにいるお前のお気に入りもか?」
そんな思考の最中に差し込まれた、サバリの嘲るような言葉。
ゲイェは何のことかと僅かに眉をひそめ、そしてすぐに答えに行き着いた。
「このお嬢さんは別にお気に入りではないよ」
後ろに控える、唯一この場に同行してきた人間……ウェンディの方を一度振り返る。
身体のサイズに比して大振りなハルバードを携え、他者を侮辱するための道具のように扱われても表情一つ変えず静かに佇む少女。
彼女を見た瞬間、ゲイェの脳裏にある思考がよぎり───そしてもう一度、今度は本格的に眉をひそめる。
「もしや、儂らを馬鹿にしたくて呼んだだけか?」
”猪頭”と”豚頭”の不和の原因の一つに、”猪頭”側の強い軽侮がある。
彼らは”猪頭”の方が強く、そして勇敢であるという自負のもと”豚頭”を見下している。
そして人間に対するそれはもっと酷い。
そんな二種族が少人数とはいえ協力して事態の収拾に当たっている様を見て、サバリは笑いたかったのかも知れない。
少なくとも、昨晩までは。
「それとも、”豚頭”と人間に計画を邪魔されてイラついたのかね」
だがもはや現状は、サバリたちにとって笑えるものではない。
彼らの描いたストーリーは既に破綻しているのだ。
実のところ事件発覚当初の”猪頭”たち……特にサバリの部族は捜索に協力的だった。
何なら率先して動いていたと言っていい。
その「らしくない」行動の理由にも、今となってはシンプルに説明がつく。
───最後の一人と、実行犯たちの死体が見つからない焦り。
彼らは他者に先んじてそれらを発見、隠蔽する必要に迫られていたのだ。
だが結局死体は発見されなかった。
隆夫から理屈を説明されてもゲイェらにとっては理解できない現象、偶然を通り越してもはや奇跡としか呼べないものが死体を覆い隠していたために。
結局発見されたのはサバリたちの手が届かないタイミング。
恐らくは監視でも付けていたのだろう、彼らが発見の報に慌てて対応する羽目になったのが現状ではないか。
少なくともゲイェはそう考えている。
「儂はてっきり言い訳の一つでも聞けると思ってたんだが」
ゲイェにとっては想定よりも遥かに酷い、無駄な時間。
もしかするとこれから聞けたことなのかも知れないが、もはやそれを待ってやれるだけの気力が彼にはない。
果てしなくげんなりした表情をサバリへと向ける。
「泥豚が……」
そしてその挙動は、ものの見事に挑発として機能した。
サバリの顔には露骨な苛立ちが浮かび、口からは長い歴史のある侮辱表現が飛び出す。
(まあ確かに今の儂らは泥豚か)
遠い遠い先祖が戦場にて”豚頭”のことを「泥に塗れた豚」と笑ったことを由来とする侮辱表現。
それを言われたことに対する怒りよりも、思ったよりも現状に即した悪口であることに対する感心が勝った。
「なんじゃ、珍しく頭を使っとると思ったらもうそれか。
そんなんだから図体の割に脳味噌が小さいと笑われるのだぞ」
それはそれとして、とゲイェは嫌味を返す。
事実として”猪頭”は”豚頭”と比較して直情的かつ頭の悪い行動をするケースが多く、それを揶揄されることも多々ある。
当然これも両種族間の不和の原因の一端。
結局のところ隆夫が言及した通り、彼らは「いまだに同じ共同体に属していることの方がおかしい」と言えるほどに関係性が悪いのだ。
「……その言葉、後悔するなよ?」
故に、衝突は必然。
サバリが武器を掲げ、ゲイェらの方向を指し示す。
そしてそれを合図に双方から大きな咆哮が上がり───戦いの火蓋は、あっさりと切って落とされた。




