第十章∶その27
しばらくの間しんみりとした静かな空気が流れた後、俺たちは帰路につく。
死体同様に身に付けていた物の類は一切合切を置いていくのかと思いきや、唯一回収されたものがあった。
”豚頭”が身につけていた大ぶりで変わった形のナイフ。
このナイフは形状に部族ごとの特徴、そして装飾に個々人の趣味が現れているため個人の識別にも使われている物品。
それが遺品として回収され、彼の縁者の元に持ち帰られるらしい。
一方で二人の”猪頭”はこのナイフを所持していなかった。
そのため素性は全くの不明。
遺体を野営地に持って帰って多くの者に検分させれば素性が分かるかも知れないが、やはり回収は難しいそうだ。
首でも持って帰れば……とは思うが、そこは思っていても聞けない。
”猪頭”の死体も”豚頭”の彼と同様に扱っていたところを見るに、同胞の遺体は何者であろうとしっかり弔う方針っぽいし。
「あとは何とかなるように祈るだけだな」
「本当に」
俺とウェンディは同時に大きなため息を吐く。
まだ安堵できるような状況ではないが、少し気は抜けたし疲れた。
河を渡ってからは想定外の出来事の連続。
そもそもの方針が行き当たりばったりもいいところだったというのを差し引いても、あまりにも急に話が進んだ。
結果として帝国に対する疑いを晴らすまでは行かずとも、他の可能性の方が高いことを示せたのは僥倖だろう。
無茶もやってみるもんだ。
「ホソダさんのおかげですわね」
「特に何もしてねえよ」
「確かに、一時的に目か頭がおかしくなっただけという可能性が……」
「否定できないの困るからやめてくれ」
ウェンディの物言いはあくまで冗談としてだが、実のところその可能性は排除しきれないので洒落にならない。
まあ上手くハマったからこそこうしてイジれるというのもあるだろうし、しばらく言われるのは受け入れよう。
『止まれ、そして身を屈めよ』
そして森の入口まであと数メートルといった場所に到達した時、突然ベルガーンがそんなことを言った。
それも、有無を言わさぬ強いトーンで。
「は?」
半ば無意識に間の抜けた声、間の抜けた顔でそう聞き返す。
そんな変な反応になった原因はあまりにもいきなりだったことと、歩き詰めで疲れていたこと。
そして俺の頭が「ようやくこの悪路から解放される」という思考に支配されていたせいだ。
止まれはしたが、それだけ。
指示通り屈むという発想には全く至らなかった。
俺の進路にあった木の幹の一部が轟音とともに吹っ飛んだのは、その瞬間。
「ヒィ!?」
思わず悲鳴が漏れ、同時に俺の身体は少尉によって地面に引き倒される。
「一体何───」
疑問を口にしようとしたが、できなかった。
轟音、轟音、また轟音。
周囲の木々が次々と吹き飛んでいく。
まるで戦争映画のワンシーン。
隠れ潜む主人公たちが敵からの一斉射撃を受けるシーンのようだ。
あの手の映画で状況に巻き込まれた一般人はだいたいビビって動けなくなるが、今の俺はまさしくそんな感じ。
身体も動かなければ、声も出せない。
俺を守るように前にしゃがみ込む少尉の展開する魔法障壁が、何かを防いだのが見えた。
それを前提として顔を僅かに上げれば、前方からそう小さくない何かが次々と猛スピードで飛来してくるのを辛うじて見ることができる。
そしてそれらが爆発している様子はないので、木が吹っ飛んでいるのは破砕によるもの。
───弾丸というにはデカい気もするが一体何が飛んできているのだろう。
そんな疑問を抱いた俺の目の前に、コロコロと答えが転がってきた。
「石……?」
石、ストーン。
目の前にあるのは拳大の、それなりに大きな石だった。
「これが飛んできてるの?」と思考がまた疑問形で止まりそうになったが、もう一個転がってきたので確定した。
飛んできているのは石で間違いない。
「投石だね、当たったら死ぬから頭下げてて」
「それは見ればわかる!」
少尉の普段通りの声音と、あとは攻撃を防いでくれているという事実が俺の心を落ち着かせる。
まあ落ち着いていい状況なのか判断に困るところだが、お陰様で声は出るようになった。
「この石、誰が投げてんの?」
「ここからは見えない。ただ魔王様が見に行ったからそのうちわかるでしょ」
「あの野郎本当に自由だな!」
この状況で被弾の可能性がゼロってのは心底羨ましい。
実体がないことに関してはメリットとデメリットがあるが、現状に限ればメリットが圧倒的優勢。
羨ましいにも程がある。
まあだからといって今呑気に相手の姿を確認しに行くのは色々どうかと思うが。
そんなことを考えている間も次から次に石が飛来、轟音とともに木の幹を破砕していく。
地に伏せたままなんとか見える範囲に目をやれば、すぐ近くに身を屈めるウェンディとアンナさんの姿。
どうやら二人は無事らしいが、セラちゃんや精霊さんたちの姿が見えない。果たして無事だろうか。
まあセラちゃんはベルガーン同様実体がないので心配ないかもしれないが、問題は精霊さんたち。
物理攻撃が効かなそうな見た目ではあるが実際のところはわからないので、心配だ。
どこかに逃げたか隠れたかして姿が見えないだけならいいんだけど。
ゲイェを始めとするオークたちも身を屈めているが……こちらは恐らく石が当たったのだろう、腕などを負傷している者の姿も見て取れる。
見える範囲でこれなら、結構な被害を被っているのではなかろうか。
「……ん?」
その時俺は破砕音の中に混じる別な音、酷く耳障りで不安を煽る音の存在に気付いた。
それはギギギギという重たい音と、パキパキとかバキバキとかそんな感じの堅い何かが割れる音。
片方でも嫌な音だが、それの合わせ技となるともう悪い予感しかしない。
恐る恐る、音のする方向に顔を向ける。
「ですよねー」
口をついて出た言葉は、我ながら緊張感の欠片もないものだった。
口元が引きつってる感覚があるので、表情もきっと半笑いだ。
人間、極限状態だと笑うしかなくなると聞いたことがあるが、まさしく今がそうなのだろう。
俺の視線の先には、幹をおよそ三分の二程の幅を抉られ自重を支えられなくなった大木。
それがゆっくりと、俺の方に向かって傾いていく光景がある。
───死んだわ俺。
状況に反して呑気に、というか半ば呆然としながら自分に向かって倒れてくる木を見つめる。
倒れる速度がやたらと遅く感じるのは走馬灯的な奴のせいか、それとも実際に遅いのか。
どちらにしても避けられそうな気がするが、なんか身体が動かない。
これも所謂「身がすくんで」という奴だろう、実にさっきぶりの体験である。
そんな辞世の句でも詠みたくなるような状況の中で、不意に横から視界に割り込んでくるものがあった。
少尉の手だ。
広げられた掌は遠近法の関係で、まるで倒れてくる木を掴もうとしているかのように見える。
「え」
刹那、木がその動きを止めた。
見間違いではないし何かに……例えば別な木に引っ掛かって安定したとかでもない。
ピンチの場面で時が止まる演出とかそういう事が起こったわけでもない。
周囲では相変わらず破砕音が響き渡っている。
にも関わらず木は不自然な状態で完全に静止し、むしろゆっくりと反対方向へと向かって倒れ始めた。
「魔法……?」
たぶん少尉が何かやっている。それは確定だ。
そうでなければこんな物理法則ガン無視の現象が起こるはずがない。
「なんか大丈夫そうだな」
「当然」
思わず口をついて出た言葉に対し、少尉は即座に反応を返してきた。
それも自信満々に。
顔を見ることはできないが、今すごいドヤ顔をしているような気がする。
まあ実際少尉の後ろにいたら安心感がパないので、感謝しかないが。
『何だ、緊張感のない顔をしおって』
そうこうしているうちに戻ってきたベルガーンに現在の様子を揶揄される。
顔に関してはちょうど今緊張感が抜けたところなので勘弁してほしい。
というか緊張感のない行動をしている奴にそういうダメ出しをされたくはない。
「で、何がいたんだ?」
『オークが二十人程、平原からこちらに向かって投石していた』
「オークって……”猪頭”か」
『そうだ』
どうやら弾幕の向こうにいるのは、だいたい予想通りな連中だったらしい。
『恐らく貴様らの口封じが目的だろうな』
「シンプルすぎる」
まあ回りくどい手段を取るよりはオークらしいし、方法としても確実だろう。
目撃者や証拠がなければいくらでもストーリーは作れるし、何かしらが残っていても終わった後ゆっくり始末すればいい。
恐らく今回の件自体がそういう流れで仕組んでいたものだったのだろう。
誤算となったのは”豚頭”の彼の挙動。
襲撃者の首を素手でねじ切るほど奮戦したのもそうだし、死後人払いの結界的な物が偶然発生するとかもはや執念という言葉では足りない。
奇跡を起こしたと言っても過言ではないように思う。
「それで、これは何時まで続くの」
猛スピードで飛んでくる石のことごとくを魔法障壁で受け止めながら、次々と倒れていく木々を何かの魔法で誰もいない方向に押しやりながら、些かげんなりしてきた様子の少尉が尋ねる。
まあそりゃそうだよな、いつまでも石やら木やらを防ぎ続けるのは面倒だし飽きるよな。
『投石はじき止むだろう、連中もこの程度で一掃できるなどとは考えていまい』
ベルガーンの言う通り、この投石の雨は相当ヤバい攻撃だがこちらにとって致命的とは言い難い。
七不思議部メンバーは全員無事だし、「見える範囲では」という前置きはつくがオークたちも命に関わるような負傷はしていなさそう。
というかそもそも仕留めるつもりの攻撃としては雑だし、威嚇にしては威力がおかしい。
一部負傷すれば御の字とかそんな感じなんだろうか。
そして、しばらくして実際に轟音は止んだ。
まるで気が抜けたかのように数本の木が倒れる音が響き、森に久方ぶりの静寂が戻る。
「皆、無事か」
そんな静寂の中に響いたのはゲイェのよく通る声。
そしてそれに応じて、次々とオークたちの声が上がる。
確認された状況は、まず死者はいないということ。
一方で負傷者はかなり出たようだが、これに関しては悲観よりオークすげえなという気持ちの方が大きい。
怪我の度合いに関しては出血であったり腕や足の骨折であったり、ぶっちゃけあの量の投石と倒木の被害がこの程度で済むのかという程軽微。
これが人間ならどんだけ死んだか分かったものではないので、やはりオークというのは強靭な種族なんだなと実感する。
そんな安堵比率高めの心情とともに前方を見る。
木がほとんど倒れたせいでやたらと見通しが良くなった「元は森だった場所」の向こう側に広がる平原。
そちらにもオークの姿があった。
武器を携えてゆっくりと歩み寄ってくる”猪頭”たちの姿が。
「出てこいゲイェよ、他はともかくお前はこの程度で傷ついてはいまい」
その先頭では昨晩俺たちに随分と嫌な印象を与えてきた輩、サバリとかいう奴がこれまた嫌な笑みを浮かべている。




