第十章∶その25
ゲイェたちオークも皆一様にその光景を見て言葉を失っている。
樹にもたれかかるように座り込んでいるオークの特徴は、先程まで見えていた幽霊のものとほぼ同じ。
潰れた左耳に、特徴的な黒塗りの鎧と立派な毛皮のマント。
ただし肉体は幽霊として現れた姿よりもはるかに萎んで見える。
そして露出した肌の色も青白く、生気はまるで感じられない。
遠目からでも、死体を見た経験がほとんどない俺の目から見ても「間違いなく死んでいる」と断言できる有様。
周囲を飛び回る精霊さんたちにも、肉体に止まる小さな虫にも反応しないことがそれを裏付ける。
死因は恐らく、そこかしこに刻まれた深い傷からの出血。
身体中に、そして地面にも残る真っ黒い跡を見るに相当な出血量だ。
鎧も出血によって一部がまた違う黒に染まり、実に禍々しい色合いとなってしまっている。
中でも特に左肩から斜めに走る、もはや「鎧ごと大きく抉れている」と表現して差し支えない傷の辺りの出血量が特に酷い。
まず間違いなくこれが致命傷になったのだろう。
「どういうことだ、これは」
オークの誰かが呆然とそう呟く。
困惑するのも無理はないと思う。
何しろ俺も今、すげえ困惑している。
何しろその場に転がるオークの死体は三つ。
幽霊として現れた”豚頭”の彼の他に、まるでついでのように”猪頭”の死体が二つ転がっているのだ。
正直、全く予想していなかった光景。
俺自身、幽霊が見えた時点でオークの死体と出会うことは覚悟していた。
だが流石に想定は一体のみで、複数ではない。
しかもその二体の死に様もなかなか凄い。
片方は”猪頭”の剛毛があって尚パッと見でわかるくらいには頭が潰れている。
恐らくは傍らに落ちている、べっとりと血糊のついたデカいハンマーでぶん殴られたのだろう。
もう片方は頭と胴体がお別れしている状態なのだが、周囲に凶器らしき物が見当たらない。
というかそもそも僅かに見える断面が切断によるものではないような気がする。
もしかしなくてもこれ、引きちぎられたのではないだろうか。
見れば見るほど、考えれば考えるほど胸に熱いものがこみ上げてくる。
これは間違いなく胃酸だ、吐いといたほうが良いんだろうか。
「これは、どういう状況ですの……?」
改めて、ウェンディが明らかに困惑した様子で誰にともなく説明を求める。
しかしその問いに答えられる者などこの場にいはしない。
誰もが皆、同じ疑問を抱きながら現場をみつめていた。
「相討ちになった、ようには見えますが……」
しばらくして、いそいそと死体の検分と回収に向かっていったオークたち。
彼らに聞こえないように、小さな声でアンナさんが口にした予想はとても歯切れが悪かった。
「まあそうとしか見えないよなぁ」
ただこれに関しては俺も同感だ。
素人目にもこの三つの死体は、激しい戦闘の果てにこうなったように見えてならない。
さらに言えば、オークたちが見つけた状況証拠もそれを裏付けるものばかり。
彼らの会話を聞く限り、”猪頭”の片方を撲殺したと思しきハンマーの持ち主は幽霊になって出てきた”豚頭”。
さらにはもう片方、首を引き千切られた”猪頭”の毛が”豚頭”の彼の指に相当な本数絡みついてもいる。
これはもう”豚頭”の彼が”猪頭”を二人道連れにして息絶えたとかそんな感じで間違いないだろう。
問題はそんなことが起こった理由。
これに関しては俺には想像もつかないが、正直この光景を見て思い浮かんだことがある。
ズバリ、オークの集団が密猟者に殺されたという一件がそもそもでっち上げというもの。
オークの内輪揉めか、帝国に戦争を吹っ掛けるために仕組まれたことという可能性だ。
ぶっちゃけこの二つは「内輪揉めで殺してしまったから帝国のせいにした」か「帝国のせいにするために殺した」というだけの差。
正直そんなに違いはない。
この説に対する他の人の感想を聞いてみたいところだが、これはこの場で口に出していいことなんだろうか。
少なくともオークに聞かれるのは流石に不安がある。
「てかそもそも何でこれが今まで見つからなかったんだよ」
疑問はもう一つある。
この惨状が広がっているのは多少奥まった場所ではあるが、この森自体はそんな深いわけでも迷いやすいわけでもない。
普通に山狩りしたら見つかるような場所のように思う。
ゲイェは「この森も探した」みたいなことを言っていたが、何故それで今の今まで見つからなかったんだろう。
『あの”豚頭”の魔力が強すぎたが故だろうな』
こちらの疑問の答えはすぐに、ベルガーンの方から返ってきた。
『もうほとんど残滓に近いが、人払いの結界が張られた形跡がある』
意図したものかそうでないのかは不明だが、森の中でこの”豚頭”が人払いの結界を張ったが体力が尽きかけていたが故に出力の調整が効かなかった。
さらに森という場所は魔力が滞留しやすいという特徴があるため相当な長期間……それこそ死後も残り続ける強力な結界となってオークや野生の獣たちからこの三つの死体を隠し続けたのではないか、というのがベルガーンの推測だ。
そしてようやく昨日今日あたりにその効果が失われたのだろう、と。
『今はむしろ強い魔力が自己主張してますよね』
セラちゃんが言うには今現在、彼の強い魔力は魔法などの形は成していないながらも死体の周りに漂っているらしい。
それも、遠くから精霊さんたちが感知できる程に強く。
どうも道中精霊さんたちが反応したのはその魔力に対してらしい。
思い返してみればベルガーンも”豚頭”の彼の魔力を気にしていたし、察知していたフシがある。
つまり今はこれまでとは真逆、救難信号を発しているような状況ということだろうか。
「なんか、すげえな」
あまりにもタイミングが神がかりすぎている。
幽霊が現れたことも含めて、マジでこの”豚頭”は俺たちに見つけて欲しかったのかもしれない。
もしかすると人払いの結界が長続きしたのも、証拠隠滅に来た連中に発見されないための意図的なものではないかとすら思う。
そしてこの地の冷涼な気候と日の差さない森という条件が死体の腐敗を遅らせ、ほぼ完璧な状態で残した。
生きていなかったことは残念だが、これはもはや奇跡と言って差し支えないだろう。




