第二章:その7
「さあ!見せてくれ!!」
さあ!じゃないんだよ。
そもそも何をだよ。
いや文脈的にわかるけどそこ主語抜くなよ。
やめて、力一杯両肩掴まないで。
誰だストーンハマーのおっさんたち呼んだ奴。
助けを求めて周りを見回せば困った顔の研究員たち、苦笑するロンズデイル、顔を覆ってプルプル震えてる少尉の姿。
そんなに面白いのか、まあ面白いだろうな。
たぶん他人事なら俺も笑うだろうが、残念ながら今回は自分事だ。
「教授、そんな風に押さえつけられてはホソダさんも動くことができません」
とりあえず誰か俺をこの飢えた野獣の群れの中から救い出してほしいと強く強く願っていたところ、救い出してくれたのはやはりロンズデイル。
さすができる男は格が違う、貴方しかいないと思っていました。
「おお!それもそうじゃな!」
対するストーンハマーのおっさんは今気づいたと言わんばかりのリアクション。
最初から気付いてくれよ、俺のこととなると理性と知性失ってないかこの考古学者連中。
「あー、えー、そんじゃ召喚します」
何故か数回バシバシと俺の肩を叩いてから離れていったストーンハマーのおっさんを尻目に、俺はポケットから魔石を取り出す。
なんでおっさんって肩叩きたがるんだろう、それも割と強く。
ひとまずそんなノイズまみれの思考を脇に追いやりながら魔石に魔力を込め、呪文を唱える。
今はもうこの馴染みのない行動と感覚にもすっかり慣れてきたが、”死の砂漠”ではよく一発で成功したなと我ながら思う。
そして俺はあの時よりも今現在の方が緊張している。
勢いのまま行動できたあの時と衆人環視、皆興味津々に俺を見てくる今現在、後者のほうが緊張するのは当たり前だこんちくしょう。
俺は他人に注視されながら作業するのが苦手なんだよ。
そんなわけで眩い光とともに“オルフェーヴル“がその姿を現した時は、とんでもなくホッとした。
「ほう、これが……」
「ずいぶん変わった意匠だな……」
「凄まじい魔力を感じるぞ……」
考古学者や研究員たちは穴が空きそうなほど“オルフェーヴル“を凝視し、触感を確かめ、叩いて音を確認する。
何かを計測する機械なんかも投入され、やいのやいのと大盛り上りだ。
これそのうち「いい仕事してますね」とか言い出す奴が出てくるんじゃねえか。
「タカオの“ワンド“派手で笑う。金ぴかじゃん、趣味?」
「趣味じゃねえよ」
言い返しながら声のした方、背後を振り返った俺はその状態で固まった。
「おいす」
そこにいたのは間違いなく昨晩俺の部屋に襲来した少女。
メアリ・オーモンドと名乗る少女が眩しい笑顔を浮かべながら、さも当然のように立っていた。
服装は昨晩の汚れることを前提としたようなラフなものとは違い、洋服の上に紋章の入ったローブを羽織った某イギリスの魔法学校映画みたいな格好。
そしてその服は見るからに、材質からして高いのが直感的にわかる。
俺の予想だとこの一式でこの世界のサラリーマンの月収が飛ぶだろう、サラリーマンいるか知らないけど。
「おおメアリくん!来ておったのか!!」
「こんにちはストーンハマー教授、お久しぶりです」
俺に対しては昨晩のノリ、明らかに馴れ馴れしい雰囲気だったメアリだが……ストーンハマーのおっさんに話しかけられた瞬間、即座に猫を被った。
優雅に会釈するメアリは声も違うし、言葉遣いも違うし、笑顔の質も違う。
そこにいるのはまさしく礼儀正しいお嬢様、まさしく有力貴族のご令嬢といった感じ。
俺の前でのあのキャラは何なんだと言いたくなる。
「ホソダくん、紹介するぞ!こちらはオーモンド公爵の娘でメアリくん!若く聡明な子でのう!」
「よろしくお願いしますホソダさん」
「えっ、あっ、はい」
知ってますとも言えず、返事に困り挙動不審になる俺。
完璧に猫を被り、初対面のふりをするメアリ。
ちなみに立ち姿も完璧だ、誰だこの可愛らしい令嬢。
視界の端ではロンズデイルと少尉が何とも言えない顔をしている。
事情を知ってればそりゃそんな顔になるよなとしか言いようがない。
「それで!あの“ワンド“には何と名付けたんじゃホソダくん!!」
もう紹介は終わりとばかりに話を俺の”魔法の杖”に戻すストーンハマーのおっさん。
話したくて仕方なかったんだろうが、スイッチの切り替えが早すぎる。家電か。
「えーと、“オルフェーヴル“と……」
「聞き慣れん単語じゃな!異世界の言葉か!?」
確か”オルフェーヴル”はフランス語だったかな。
カタカナでしか見たことないからスペルとかは知らんけど。
名前とか地名とか聞いた感じ、どうも帝国は英語に近い言語を使ってるっぽいのでそりゃ聞き覚えがない単語というか音感だろうな。
「えーと、由来は俺の世界で“金色の暴君“って呼ばれた……」
「“金色の暴君“!ホソダくんの世界の英雄の名前じゃな!!」
「いや、馬です」
その時、確かに時間が止まった。
ストーンハマーのおっさんも、メアリも、ロンズデイルと少尉も、周囲でメモを取っていた考古学者や研究員たちも。
皆、手足から表情筋に至るまでの全てが固まっていた。
「「『「馬????」』」」
そして時が動き出し、浮かんだ疑問を口に出したタイミングは皆同じだった。
ベルガーンの声も聞こえたので、どうやら奴も固まっていたらしい。
「何故馬にそんな大仰な二つ名がついとるんじゃ……?」
「圧倒的に強くて無茶苦茶やる馬だったから、ですかね」
オルフェーヴル───日本競馬の歴史にその名を深く刻み込んだ三冠馬。
数々の破天荒なエピソードと圧倒的な能力に彩られた、俺が最も好きな競走馬である。
見た目もすげえ美しいんだよな、めっちゃ絵になる。
今「もしかして俺が出力に振り回されてたの、付けた名前のせいか?」という疑問が浮かんだが、これは考えてはいけないことのような気がする。
忘れよう、それが良い。