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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第十章∶一般人男性、北へ行く。
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第十章∶その19

「何よりもまず、申し訳ごさいませんでした」


サール族の小さな野営地。

先程行った本隊のいる野営地とは違い、夜の静寂に包まれた空間。

そこで焚き火を囲みながらの会合が始まるや否や、ウェンディが深々と頭を下げた。


何に対する謝罪かといえば密猟者の存在を知らなかったこと、そしてその結果野放しのような状況になっていたことに対して。

これらに関しては辺境伯、ひいては帝国側の落ち度だったのは間違いない。

預かり知らぬことだろうと、取り締まりようがなかろうと、だ。

ウェンディがそんな外交的な意味を持ってしまいかねない謝罪を口にするのはけっこうまずい気もするが、謝罪せずにはいられなかったのだろう。

正直、謝りたくなる気持ちはわかる。


「その話は終わった後でいい」


謝意を向けられた者……ゲイェたちは当初少し面食らった顔をしたものの、すぐに苦笑に切り替わった。

そして今の言葉。

実質的なスルーだが、もしかするとウェンディの立場や心情を理解してくれた上での対応かもしれない。

もしそうなら感謝しなきゃならんな。


「それで、まず何をすべきかの心当たりはあるのですか?」


何とも言えない、言い難い空気の中で話を進めたのはアンナさん。

普段はあまり前に出て話を進めるとかはしないのだが、彼女としても立場上この話題をさっさと切り替えたかったのかもしれない。

何しろ本来は王宮勤めのメイドなわけだし。


さておき「何をすべきか」という話だが、これに関しては俺に思い浮かぶものは全くない。

犯人と目される連中を捜すにしても顔も名前も、何なら実在するのかすら分からない有様。

それ以外に浮かぶものはマジで皆無。

もう「辺境伯領に戻って戦に備えたほうが確実なのでは」という思考がチラつく程だ。


「なくはない」


だがゲイェの方には一応、方針として浮かぶものがあるらしい。

口ぶりからするとあまり、というか全く確かなものではなさそうだが。


「実は一人、死体が見つかっとらん者がいる」


殺された狩人グループは集落を五人で出発したが、死体となって発見されたのは四人。

見つかっていない一人がどうなったのか、そもそも今生きているのか死んでいるのかすら誰にも分からない。

もし生きていれば何が起こったかを聞けるかも知れないと、そんな話だ。


聞いて浮かんだのは何より「あまりにも期待薄では」という身も蓋もない思考。

そのオークが生きているか死んでいるか、どちらの可能性が高いかといえば圧倒的に死んでいる方だろう。

そのあたりは流石にゲイェの爺さんとて理解しているので「なくはない」みたいな曖昧な言い方になったんだろうけども。


「探してないの?」


それはそれとして気になるのは「何故まだ見つかっていないのか」だ。

少尉の問いかけは剛速球すぎて俺には投げられないがまあ、聞きたくなる気持ちはわかる。


「探してはいるが、見つからん」


見つからないってことは狩人連中はそんなに変な場所で死んでたのかと思ったが、別にそういうわけではないらしい。

他の四人の死体が見つかったのは特に何もない、さほど草の背も高くない見通しのいい草原。

強いて言うなら近くに森はあるが、そう深いわけでもない。

そして当然その森も探索済みなのだが、それでも見つらないのが不思議といった状況なのだそう。


「無事逃げおおせたのかもしれんが、そうなると逆に出てこんじゃろうな」


オークは良くも悪くも戦闘種族である。

戦って死んだことは大いに評価されるが、戦場に背を向けて逃げ出し生き残ることが評価されることはまずない。

俺の世界では各種創作で描かれる機会の多く、現実でも過去の時代に存在した過激な武人の感性。

なので今回も生き残ったことを恥と感じて───という理由で「いなくなってしまう」ってのは簡単に想像できてしまう理由だ。


「それでも、其奴を探す以外の方法は恐らくない」


もし今も生き残っているとしたら、最悪もうオークの勢力圏にはいない可能性すらある。

それでも、とゲイェたちは今も付近や心当たりの場所を探し回っているらしい。

俺たちに遭遇したのもそういう状況下でだそうだ。


もし本当ならウェンディが倒した連中にはたいへん申し訳ないことをしたことになる。

てっきり夜通し渡河の準備してるとかだと思ってたわ。

邪魔してすんませんでした。


「我々も探しましょう」


そしてウェンディの発した言葉は、下した判断は、正直予想通りとしか言いようがないもの。

こいつなら乗るだろうと思っていた。


「ただその前に亡骸の確認……というのは無理でしょうが、我々が見て何か分かることがあるかもしれません。

 日が昇ったらまずは亡骸の見つかった場所に連れて行っていただけませんか?」

「構わんよ」


その方針をゲイェも受け入れたことで、俺たちの予定は決まった。

次は、それを受けて俺たちだけの作戦会議。

焚き火からは少し離れた位置で魔法の灯りを囲みながらの会話が始まる。


「寒っ」


その前にとりあえず、寒い。

目の前にある魔法の灯りは先程までの焚き火と違って熱を発しないので、夜風の肌寒さが身に染みる。

こんなんなら河渡る時もう一枚羽織ってくれば良かった、甘く見た。


「それで、お前はどう見てるんだ」


まあ今はそんな泣き言を言ってる暇はないので、とりあえずベルガーンに話を振る。

こいつは珍しくずっとどこにも行かず俺たちと一緒に行動し、王やゲイェの話もちゃんと聞いていた。

果たしてそれが今回の件を真剣に考えているためか、オークの野営地に特に興味を引くものがなかったせいなのかはわからないけれども。

とりあえず真剣に考えている方であってほしい。


『あのゲイェなる者が胡散臭いと言っていたが、余も同感だ』


ベルガーンもやはり今回の出来事には違和感を抱いている。

密猟者に関してはそれこそベルガーンの時代でも似たような連中が跋扈していたため『いつの時代も変わらんな』くらいの感想だそうだが、そいつらがオークの集団を襲い殺したと言われると些か首を傾げたくなる、と。


『盗みに入り、家主に見つかり、殺して逃げる。

 その流れ自体はよくあること。

 だが狩りに向かう武装したオーク相手にやるかと問われれば大半の盗人は否と答えるだろう』


やっぱりそこか、と思う。

俺の知る限り……まあ元の世界でニュースになった事件くらいしか知らないが、見るからに強そうな人が偶発的に襲われたという話はあまり聞いたことがない。

「誰でも良かった」と言って相撲部屋の親方を襲うような奴はとてもレアで、だいたい襲われるのは普通の人かさらに弱い人。

この辺りはこの銃と魔法のファンタジー世界でもそう変わらないのだろう。

もしそういう強そうな人が殺されるとしたら、だいたいがトラブル由来。

たぶんだが、怒りとか恨みとかによる強いブーストが必要になるのではなかろうか。


まあ今回疑われている密猟者たちは随分と長くこの辺りに居座り、それなりの回数オークとも戦闘になっているらしいので何かしらの恨みを抱いていた可能性もあるにはある。

それでも、ただでさえ命懸けの滞在中にさらに自発的な戦闘行為というリスクをひとつまみするとはあまり思えない。

成功しても得られるのは「スカッとした」って感覚くらいだろうし、あまりにもリスクとリターンが合わなさすぎる。


『余はオークという種族全体に怒りを植え付けることを意図した挑発行為ではないか、と見る』

「ってーと?」

『オークを帝国に攻め込ませたい、ということだ』


オークが群れをなして……何なら総力を挙げて攻め込んでくれば、いかに帝国とて甚大な被害を受けることになる。

そしてそんな状況を望む者は数多い。

いや俺この世界の情勢知らんから正確なところは知らないけど、きっと多い。

外国だけでなく、下手をすると帝国内にもそういう考えの輩が紛れ込んでいそうな気がする。


「攻め込みたい、なのかもしれないよ」


そして少尉が半笑いで、とてもめんどくさそうに言った言葉は俺をだいぶゾワッとさせた。


半ば弾かれたように周囲を見回すが、オークたちがこちらの会話を気にしている様子はない。

聞いていないのではなく聞こえていないといった感じだ。

これは俺たちが作戦会議を始める前に音を遮断する結界なる便利なものを展開したせいなのだが、その結界がきちんと機能していることにホッとする。


「キミ、もしかして私の結界を信用───」

「いや大丈夫です全幅の信頼を置いてますすいません」


展開したのは少尉。

なのできっと大丈夫なんだろうが、ふと不安になってしまった。

マジックミラー越しに外を見ながら「これ本当に向こうから見えてないんだろうか」と不安になるようなものだ。

割とありがちな不安だと思うので許してください、すいませんでした。


『ここにいるオークどももそれは懸念していよう。

 あるいは既にそういった意思を感じ取っているのやも知れぬ』


確かにゲイェが内部の犯行という可能性に思い至っていないとは考え難い。

むしろベルガーンの言う通りの懸念を抱いているからこそ本隊から離れ、自部族のみでこうして真相を究明しようとしていると言われたほうがしっくり来る。


「もしそうなら最悪だな」


げんなりするし、ため息も出る。

目的のために同胞を殺しそれを他人になすりつけるってのは、悲しいことに俺の世界でもそれなりに起こる出来事だ。

それでもあんまり直視したくはないし、それが真相であってほしくはないと思ってしまう。

ただなんか、妙にこれがしっくり来てしまった。


『いずれにしてもまだ想像の域を出んがな』


そう、これらは全て俺たちの想像。

密猟者たちが頭のネジの吹き飛んだ連中で、普通にオークたちを殺して逃げたという可能性もまだ消えたわけではない。


俺たちはまだ、明日行くところに何かしらの手がかりがあることを祈るしかないのだ。




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