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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第十章∶一般人男性、北へ行く。
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第十章∶その16

”流れ”というのは戦争に向かう流れのことだろうか。

どうもゲイェはそれに逆らう側であるかのようなサバリの口ぶりだったが、もし戦争のことだとしたらゲイェは何故そんな立ち位置にいるんだろう。


この疑問に関しては先程ウェンディがストレートに質問していたが、明確な答えは返ってこなかった。

ゲイェが発したのは唯一「その辺りは王に聞け」という言葉のみ。


「一体どうなってんだ……?」

『余にも分からぬな』


戦争に関して、何らかの意見の相違が発生しているのはほぼ間違いないだろう。

だがそれがどういうものなのかが俺には……ベルガーンですらまるで見当もつかないのが現状。

そもそもオークが戦争を起こそうとしている理由からして分からないのだから当たり前だ。

そのあたりを把握できているかできていないかで交渉の流れが全く変わってくるのだが、どうやら何の事前情報もなくオークの王に会うのはもう決定事項らしい。

本当にこれで交渉が成り立つんだろうかと不安ばかりが増していく。


そうこうしているうちに、俺たちは野営地へとたどり着いた。

多くの篝火と、獣の皮を加工して作ったと思しきテントが並ぶエリアだ。

そこにいるオークたちは”豚頭(スワインゴル)”も”猪頭(ボアグラク)”も、皆明らかにピリついている。

戦争の準備中というのもあるが、恐らく俺たちの襲来が伝えられ警戒態勢に入っていたのだろう。


「儂らから離れるでないぞ」


俺たちがゲイェの言葉に応えるよりも早く、オークたちが一斉に俺たちの方を見た。

ギロリ、という擬音がこれほど合う状況も早々ないだろうと思う。

視線に込められた敵意の強さたるや、気圧されて反射的に逃げ出しそうになったほど。

ゲイェやその仲間たちがやけに友好的、あるいは敵意なく接してくれたおかげで忘れそうになっていたが、ここは敵地なのだと改めて認識する。

正直ゲイェの言葉がなくとも俺は彼らから離れられなどしなかっただろう。

そこまでのメンタルの強さや鈍感さを俺は持ち合わせていない。


〚コワイ〛

〚コワイ〛


精霊さんたちも全身がプルプル震わせながらわかりやすく怯えている。

セラちゃんも怯えているようだし、オークたちの見た目と視線はもはや実体がなくても怖いレベルなんだろう。

俺も気を抜くと脚が震え出しそうだ。

むしろこの状況で平然と、堂々としている少尉とアンナさんとウェンディは凄いと思う。

俺たちとの違いはこれまでに踏んできた場数とかだろうか。

ベルガーンも堂々としているがこいつはいいや。


というかこのオークたち、ゲイェがいなかったら普通に襲いかかってきてたんじゃないかと思う。

武器を持ったまま近寄ってこようとする奴もけっこういるし、中には顔に露骨な怒りを浮かべている者までいるくらいなので。


「これらは儂の客人だ」

「……正気か?」

「至って正気だとも、まだボケてもおらん」


そのゲイェは今現在進路を塞ぐように立ち塞がった集団のリーダー格、片目に大きな疵のある”豚頭(スワインゴル)”とお話し合いの真っ最中。

二人共雰囲気は剣呑だが、先程のサバリとの問答ほどトゲトゲしてはいない。

顔も遠く、睨み合っているというわけでもない。

あのやり取りはゲイェとサバリ、二人の仲が悪いことによるものだったのか。

それとも”豚頭(スワインゴル)”と”猪頭(ボアグラク)”という種族自体の関係性が悪いせいなのか。

後者の可能性が地味に高いのが嫌すぎる。


「で、通っていいのかい」

「好きにしろ!」


結局しばしの問答の末、疵オークはゲイェに道を譲った。

納得は全然していないが止める理由もないと、そんな感じの言動と態度で。


「にしても、ホント多いな……」


疵オークたちの前を通り過ぎてからしばらく経っても、俺たちを取り巻く状況と雰囲気は変わらない。

オークたちに睨みつけられながらひたすら進む。

見える範囲だけでもたぶん数百はいるだろう、そんな人数に敵意を向けられ続けるというのは俺的にかなりの恐怖体験だ。

今すぐ回れ右……は状況が好転しないので、”魔法の杖(ワンド)”を召喚して空に向かって逃げ出したい。


『総勢で数千はいるだろう、相当な数だ』


ベルガーンによると、この広い野営地にいるのはそんなとんでもない人数。

そりゃ辺境伯領が厳戒態勢にもなるわと思う。

ゲームの異民族襲来を現実に当てはめたらこんな感じなんだろうか。


『訪れるタイミングは、ギリギリだったやも知れぬな』

「怖ぇよ」


想像してしまうのは、動き始めたオークの軍勢の中に突入する絵面。

創作ではありがちなシーンだが、もしそうなっていたら難易度は今回の比ではなかっただろう。

たぶん俺たちは総出でオークを蹴散らしながら、どこにいるかもわからないオークの王を探す羽目になっていた。

もちろん、エイブラムの逸話になぞらえて単独でどうこうとか言ってられる状況ではない。

下手をすれば王の首を取るための突入になっていた可能性すらある。


その点今回は本当に運が良かった。

軍勢は動き出す前だし、早々にゲイェと出会えたお陰でかなりの行程をすっとばせている。

まあこの超強い爺さんと一騎打ちする羽目になったウェンディは間違いなく大変だったろうが。


「ついたぞ、ここだ」


そんな思考の沼に現実逃避したくなるほど長く感じる道のりの果て、ゲイェの言葉により俺たちはようやく王のいる場所にたどり着いたらしいことを知る。

クソみたいな、もう二度と歩きたくないランウェイだった。

あそこまで強いストレスを感じたのは生まれてこの方初めてだ。


「随分しっかりしたテントだな」


一度大きく息を吐き、目の前の光景を確認する。


眼前に存在するのは巨大なテント。

それも野営地に並んでいたテントのように動物の皮で作られたものではなく、厚い布のようなもので作られたテントだ。

形状的には「遊牧民族の住居」と言って想像できるものに近いだろうか。

骨組みもかなりしっかりしていて頑丈そうだ。


テント周辺には流石にオークたちもあまりいない。

いるのは護衛と思しき強そうな連中が数名程度。

個々人の威圧感はさっきまでの連中よりある気はするし露骨に警戒を向けてきているが、護衛だしそんなもんだろう。

数が少なく敵意も強いわけではないのでさっきまでの状況よりは余程マシだ。

その護衛連中にゲイェが何事か話しかけ、今俺たちは前で待たされている状態。

することもなく、周りのオークたちをまじまじと見つめる気にもならないので視線はどうしてもテントの方を向く。

「オークの文化圏でも布は使われてるんだろうか」とか「それともこれも動物の皮なんだろうか」とか考えてしまう。


「細々とした交易を行っている商人がおりますので、それで調達したのかも知れませんわね」


そんな中、同じようにテントを見上げていたウェンディが告げた予想は「人間から買った物だろう」という割と身も蓋もないものだった。


アーヴィング河流域、オークの勢力圏には帝国領には生息していない珍しい動植物が数多く存在している。

オーク側は狩猟等で採取したそれらを、帝国側の商人たちは対価として何か文明的な品を、という具合のよくある物々交換が現在辺境伯による管理のもと行われているらしい。


正直「あーなるほどな」となる話だ。

普通に考えて人間もオークも、そんな長期間完全な没交渉になるわけがない。

金が絡む話なら尚更だ、特に人間側。

エイブラム・オーモンドが結んだ盟約は、現在ではあくまで不戦条約みたいな扱いになっているのだろう。


「もしかしてそれ周りのトラブルでもあったのか?」

「あり得ない話ではありませんわね……」


この手の取引はトラブルの種になりがちな印象が強い。

商品の不備やら値段交渉の決裂、あとはちょっとした意見の相違などから簡単に大喧嘩になるとかそんな感じだ。

まあ、突然こんな大規模な戦闘行動を始めるような事態になるトラブルって何だよと言われると全く浮かばないけれども。


「お会いになるそうだ」


結局状況はわからないまま、何のヒントも得られないまま、俺たちはゲイェにテントの中へ入るよう促される。

最初はウェンディだけが行くのかと思ったが「全員入れ」と言われたので、全員でのお目通りとなったようだ。


ちなみに精霊さんたちも「全員」の中に含まれるのだが、彼らはお目通りを嫌がったというか怖がった。

これは精霊さんたちの姿がベルガーンやセラちゃんと違って誰にでも見えるせいで、ここに至るまでにオークたちの敵意のこもった視線を散々に浴びたせいだ。

余程辛かったのだろう、気持ちはよくわかる。

何しろ他ならぬ俺自身が「怖いからここで待ってたい」と思っているのだから。

最終的には「一緒にいたほうが安全だから」という説得で納得してくれはしたが、少しと言わずだいぶ可哀想なことをしてしまった。


「お邪魔いたします」


そうして俺たちの話が一段落した後、先陣を切ってウェンディがテントの中へと入っていく。

次いで歩き出したアンナさんに、俺と精霊さんたちが続く。


「広いし、あったけえな」


入口をくぐった瞬間、思わずそんな感想が漏れた。


テントの中は、外から見るよりも広々とした空間。

そこでは外の少し肌寒い空気をまるで感じず、むしろほんのり暖かさすら感じるほどだ。

もしかすると暖房的なものでも入っているのかも知れない。

また、中は天井に浮かぶいくつかの光源のおかげでだいぶ明るい。

どうもこの光源、火ではなさそうだが魔法の光か何かだろうか。


「このタイミングで、よく河を越えてくる気になったもんだ」


低く、それでいてよく通る声がした。

声の主はテントの奥、少しだけ高くなった台座の上に胡座をかくオーク。

種族は”豚頭(スワインゴル)”で、年の頃はわからないが少なくともゲイェよりは遥かに若いだろう。

大きな獣の皮を羽織ったそのオークは、頬杖をつきながら静かにこちらを見据えている。


その目を見た瞬間、なんか喉の奥がヒュッてなった。

視線に敵意や殺意は、少なくとも俺が感じ取れるようなものは込められていない。

ただ、凄まじい威圧感がある。

何もしていないのにこちらのメンタルに大ダメージを負わせてくる”凄み”。

この空間にいるだけで腰が抜けそうになる。

頭に浮かぶのは「来るんじゃなかった」とか「帰りたい」とか後ろ向きな言葉ばかり。

だがその思考を実行に移す訳にはいかない。

俺と同じかそれ以上に怯えるセラちゃんや精霊さんたちが避難先に選んだのが、何故か俺の後ろだったせいだ。

いや本当に何故。

俺は弱いし、表面積も隠れ場所としてはは不足しすぎてると思うんだが本当にそこでいいのか。


「無茶に免じて、用件を聞くくらいはしてやるよ」


視線と同様に、メンタルを直接ぶん殴ってくるような”重さ”のある声。

その声の主が名乗る様子はない。

だが名乗らずともわかる。


───間違いなくこいつがオークの王だ。



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