第二章:その6
飯を食い終わり、少尉に聞きたいことも聞き終え、さあ俺は自由だと食堂を出た俺は職員の群れに拉致された。
まあ特に何か手荒なことをされたわけではないんだが、突然白衣を着た連中に取り囲まれそのまま連行されたのは光景的にも拉致でいいんじゃないかと思う。
そうして連れていかれた先でやったことはと言うと、健康診断。
身長、体重、血圧、心電図……採血だけは到着早々にやっているので除外されたが、こっちの世界に来る前に会社やって異常なしと出た健康診断そのままの健康診断である。
ただ何というか、一人でやる健康診断があんなに精神的に辛いものとは思わなかった。
衆人環視の状況、俺の一挙手一投足と出てくる数値を複数人が真剣な顔で注視する健康診断の居心地は最悪だったと言わざるを得ない。
もう二度とやりたくないけど、きっとまたやるんだろうなあ。
「では最後にこちらをお願いします」
そんな地獄の健康診断の最後にと案内された先にあったのは、大きな水晶玉。
当然ながら水晶玉を使った測定など俺の世界の健康診断には存在しない。
だが俺にはこれで何をするかがすぐに、直感的にわかった。
「水晶玉に目一杯魔力を注ぎ込んでください」
そう、これは魔力の測定だ。
魔力や魔法という概念が登場する作品のお約束、多くの場合は主人公がとんでもない結果を叩き出して周囲に驚かれるシーン。
その機会が、俺にも巡ってきたのだ。
しかも俺の場合、凄い魔力を持っているというお墨付きを既にベルガーンから得ている。
ならば結果は約束されているも同然。
やべえ、テンション上がってきた。
だが、たかだか魔力測定でテンション上がる変な奴と思われても困る。
なので俺は平静を装いつつ両手をかざし、極力ゆっくりと水晶玉に魔力を注ぎ込んでいく。
この魔力を注ぎ込むとかいう訳のわからない動作にもすっかり慣れたもの、もうコツは掴んだと言っていいだろう。
とはいえ感覚でやっているので説明は不可能だ。
説明しろと言われたら逃げる。
その時「ピシッ」という硬く、軽い音が聞こえた。
───手応えあり。
音も小さく、まだ水晶玉には目に見えるほどの変化はない。
だが俺には確信がある。
これは割れる奴だ。
俺の魔力に耐えきれず水晶玉が割れる奴だ。
口元が緩みそうになるのを必死でこらえる。
笑うな、こらえるんだ。
笑ったら間違いなく変な奴だと思われるだろうからマジで我慢しないと。
そしてパキッという音とともに水晶玉に入る、大きな亀裂。
そうして徐々に亀裂が広がっていく様を、俺は心の中でガッツポーズしながら眺める。
水晶玉が割れるのは測定的には失敗だろうが、俺にとっては大成功。
これで俺は測定不能の魔力の持ち主として皆から畏敬のこもった視線を───
「またか……」
───向けられなかった。
研究員たちの反応は驚きとかではなく、落胆。
何ならため息まで聞こえた程。
……何で?
というか「またか」って何だ。
まさか俺以外に割った奴がいるのか。
そいつのせいでこんな微妙な空気になってるのか。
「はい測定不能ですね、お疲れ様でした」
反応が悪すぎるだろ。
俺が聞きたかったのはそんな事務的な言葉じゃないんだよ。
お願いだからもうちょっといい反応をくれよ。
「以上で検査は終了となります」
「あっはいお疲れ様でした」
かくして、俺の健康診断は無事終了した。
つつがなく、終わってしまった。
「魔力の測定で水晶玉が割れるのってよくあることなのか?」
『斯様なこと、余にわかるわけがなかろう』
あまりにも納得がいかないのでベルガーンに聞いてみたところ、これはこいつの時代には存在しない測定方法ということが判明した。
なるほどなあ、魔法要素も進歩してるんだな。
『まあそう頻繁に割れて測定不能となるならやる意味がない。珍しいのは確かではないか?』
「確かに」
きっと水晶玉もそんな安い物じゃないだろう。
まともに調べたことはないが、確か俺の世界でも高かったはずだ。
なんかそんな代物を割ってしまったことに対する罪悪感が急に湧いてきた。
まあ俺が測定する以上避けられない事故ではあったんだろうが……割れて喜ぶのはもうやめておこう。
「ホソダさん」
そんなことを考えながら部屋に戻ろうとしていた俺は、一人の研究員に呼び止められた。
「大丈夫でしたらこの後“ワンド“を見せていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
”魔法の杖”か。
あれもなんか計測したりすることあるんだろうか。
まああるんだろうな、個体差があるって話だし。
「別に秘密にすることじゃないよな?」
『貴様次第だな、好きにするが良い』
問題や隠すべきことがあればきっとここで止めてくれたんだろうが、ベルガーンにそんな様子はない。
ならたぶん大丈夫だろう。
「構いませんよ」
「ありがとうございます、では中庭にご案内しますのでそちらで」
そうして研究員に連れられ、中庭に向かった俺を待っていたのは───
「おおホソダくん!早く君の”ワンド”を見せてくれぃ!!」
凄い笑顔を浮かべたストーンハマーのおっさんと似たような顔をした考古学者の群れ。
俺のトラウマをド派手に掘り起こす面々だった。