第十章∶その14
いつ終わるとも知れぬウェンディとゲイェの打ち合い。
それを見ていて一つ気付いた事がある。
素人の俺でも気付けた事がある、と言うべきかも知れない。
『ウェンディさん、もしかして押されていますか……?」
どうやらセラちゃんも俺と同じ考えに至ったようだ。
少し緊張した声で、誰にともなく問いかける。
ゲイェのバルディッシュはウェンディの身体を目掛けて振るわれているが、ウェンディのハルバードはそのバルディッシュに向けて……攻撃を払うために振るわれている。
ゲイェは攻撃のために、ウェンディは防御のために武器を振るっていると言って差し支えないだろう。
防戦一方、そう見えてしまってから気になって仕方がない。
『リーチの差が大きいな』
そしてベルガーンもその考えを否定しない。
どうやら一方的に攻撃されているのは間違いないらしい。
ウェンディとゲイェ、どちらも使っているのは長物に分類される武器だがその長さには大きな差がある。
恐らくゲイェのバルディッシュはウェンディのハルバードより五十センチは長いのではなかろうか。
もはや長物を通り越して超巨大武器と言って差し支えのない代物。
そこに身体のサイズ差も加わり、とんでもないリーチ差が生まれてしまっている。
「その上あんなゲテモノ振り回してるとは思えないくらい速いんだよねあのオーク」
「凄まじい力、凄まじい筋肉ですね」
「……ああうん、そうだね」
これもしかして、アンナさん相当興奮してないか?
少尉が「もう関わりたくない」って顔してるのだいぶ面白いぞ。
さておきゲイェの動きは速く、そして素人目にも無駄がない。
ウェンディと同じようなペースで武器を振るっているにも関わらず、武器の重さや遠心力に振り回されている様子が全くないのだ。
怪力という表現でも大人しすぎる、もはやなんと評すれば良いのかわからんくらいの化け物っぷり。
皆が言うにはウェンディもただ受けているだけというわけではなく、受け流そうとしたり逆に弾き飛ばそうとしたり……何とか懐に飛び込むための隙を作ろうとしてはいるようだ。
だが試みはどれも失敗、ゲイェに上手くいなされてしまっているのが現状らしい。
そして徐々に、ただでさえ速いゲイェの攻撃がさらに速くなっていく 。
まるで「エンジンがかかってきた」だとか「手加減は終わりだ」とでも言わんばかりに。
そしてそれに伴って”圧”が増したのだろうか、これまではほとんど変わらなかった二人の位置取りに変化が生じてきた。
ゲイェが前に出、ウェンディが後ろに退がるという状況へと。
「あれヤバいんじゃないか……?」
先程までは「もしかして」くらいのものだったが、今は明確だ。
明らかにウェンディが押され始めている。
そろそろ助けに入ったほうが良いんじゃないだろうか。
エイブラムの逸話をなぞった無茶な作戦はそこで失敗になるが、あいつに大怪我させたり死なせたりするよりは余程マシだ。
目的の都合上戦いに手は貸せないにも関わらず一緒に河を渡ったのは、そういう時のためだろう。
生身では瞬殺間違いなしだろうが”オルフェーヴル”なら───そう思いながらポケットの魔石に手を伸ばそうとした時だった。
「まだ大丈夫じゃない?」
割と呑気な声と言葉が少尉から返ってきた。
そちらを見れば「言葉とは裏腹に」みたいな様子は全くなく、剣も腰にぶら下げたまま腕を組んで戦いを眺めている姿がある。
表情もだいたいいつも通りのやる気のなさ。
これは本当に「まだ大丈夫」と思ってる奴だ。
「ご令嬢サマより先にキミが焦ってどうすんの」
確かにウェンディの顔にはまだ焦りの色はなく、むしろ先程までと同じくどこか楽しそうな表情を浮かべたまま。
ただあれ見て焦るなと言うのは無理があるだろうと言いたい。
熟練者にとってはまだまだ余裕のある光景なのかも知れないが俺やセラちゃんは素人だぞ。
『あれは貴様が思っているより強いし頭も……戦いに関しては回る方だ』
だから落ち着け、とベルガーンも言う。
そういえば帝国にいる誰よりもオークの強さを具体的に知っていそうなこいつが提案したんだったな、単騎突撃。
それをウェンディがやると言い出した時に止めなかったのは、ウェンディなら可能だと見積もったからなのかも知れない。
そしてゲイェのような化け物が出てきてもその評価は変わっていない、と言ったところだろうか。
『まだ試したいこと、やりたいこともあると見える。
止めるにしてもそれを大凡やり尽くしてからにしてやれ』
「……わかった」
完全に納得できたわけではない。
それでもベルガーンと少尉、強くて戦闘経験も豊富な二人が言うなら少しは信用してみようかと思える。
というか『頭も回る方』のくだり、やたらと歯切れ悪かったな。
迷った末に戦いに限定した感じだし。
やはりこいつから見ても普段のウェンディは頭の悪い挙動をすることがあるということだろうか。
気持ちはわかるが少し面白い。
状況が動いたのは、思考がそんな感じで脱線し始めた瞬間だった。
何度も何度も響き続ける、武器と武器がぶつかり合う轟音。
その中でも一際大きな音が鳴った瞬間、ウェンディがハルバードを手放したのだ。
「は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
あまりにも意味不明な、正気を疑いたくなる行動だったのだから仕方ない。
「んなッ!?」
そして俺から一拍遅れて素っ頓狂な声を上げたのはゲイェ。
ほぼ同じタイミングでの反応だが、実のところ俺とゲイェが反応したものは異なる。
俺のはウェンディがハルバードを手放したことに対しての反応。
一方でゲイェは───そのハルバードが強い力を伴って、彼のバルディッシュを押し退けるように飛んだことに対して、強い反応を示した。
そう、ウェンディのハルバードは飛んだのだ。
バルディッシュを巻き込みながら真っ直ぐに、明後日の方向に向かって。
ウェンディが勢いよくブン投げたとかそういう訳ではない。
ハルバードを手放した際の動きはまるでホームランを打ったバッターのバット投げ。
空中にポイと放り投げたとかそんな程度の動作だった。
にも関わらずハルバードは勢いよく飛んだ。
穂先と斧刃の間にバルディッシュの刃をしっかりと捉えながら。
ゲイェはちょうど攻撃を終えた直後、もう一度振りかぶるために武器を引こうとしたタイミングで突然同一方向に力を加えられたのが最悪だったのだろう。
まるで武器を弾き飛ばされたかのようにのけ反り、バランスを崩す。
それはこの戦闘で初めてゲイェに生じた、明確な隙。
そしてそれを逃さず、ウェンディが素早く懐へと滑り込む。
「どっせい!!」
そしてそんな気合と共に放たれた右ストレートが、真下からゲイェの顎を打ち抜いた。
───すげぇ音がした。
先程まで何度も響いていた硬い音とは違う、なんか鈍い音。
そして聞いた瞬間なんかゾワッと来る音。
目の前で起こったことなので間違いないのだが、それが拳の一撃によって生じた音だというのが信じがたい。
そしてその一撃でゲイェの身体が浮き上がり、なおかつ数メートル吹っ飛んだというのはもっと信じがたい。
これまでに見た感じオークの体重が二百キロを下回ることはなさそうだし、その中でもデカい部類のゲイェは下手をすれば三百キロに届いている可能性すらある。
それを浮かせて吹っ飛ばすとか色々とどうかしているし、ウェンディの腕とついでにゲイェの顎は大丈夫なんだろうか。
やる側もやられる側も壊れてもおかしくないと思うんだが。
「ふう」
ウェンディの方は大丈夫だったらしく、腕を一度ぐりんと回したあと飛んでいったハルバードの回収へと向かっていく。
ゲイェの方は……仰向けに倒れたまま。
「……やったのか?」
創作物だとフラグでしかない言葉だが、聞かざるを得ない。
というかこの言葉を口にしたキャラクターたちの気持ちがすげぇよくわかる。
まだ終わってないんじゃないかという不安をとにかく解消したいのだ。
まあだいたい解消されずむしろ悪化するんだけど。
『ひとまずは終わったようだ』
だが返ってきた答えは俺を安堵させるもの。
ベルガーンがそう言うんならそうなんだろうと感じた瞬間、俺は長い息を吐きながらその場にへたり込んだ。
「よし勝った!第一部完!」とかボケる気にもならない。
もしかして自分が戦ってる時より疲れたんじゃないかこれ。
〚ツヨイ ツヨイ〛
〚スゴイ スゴイ〛
そんな俺を尻目に精霊さんたちが元気一杯に飛び出していき、ウェンディの周りを輪になって回り始める。
セラちゃんも「あっコラ!」とか言いながら一緒に向かって行った。
もう完全に引率の先生だなあの子。
無邪気に褒め称えられるウェンディはというと、満更でもない様子で照れている。
和やかな光景だ、ウェンディに負傷や激重筋肉痛の類もなさそうだしこれで一段落か。
「さっきのハルバード、なんであんなぶっ飛んだんだ?」
そうなると気になってくるのは先程の戦闘、特にかっ飛んで行ったハルバード。
雑に放り投げたはずのものが突然ペットボトルロケットのように勢いよく飛んだのにはかなりビックリした。
『あれはポルターガイストだろう』
「ポルターガイストって言うと……少尉がよく使ってる奴?」
『そうだ』
少尉が戦闘時に割とよく使っている、物を自由自在に飛ばす魔法”ポルターガイスト”。
魔法的には初歩も初歩、俺も既に授業で習っている魔法だ。
まあ俺はまだ「飛ばす」というには程遠く、せいぜい浮かす程度しかできないんだが。
いずれにしてもベルガーンが言うには、あのハルバードの謎挙動はそれによるものらしい。
聞けば「ああなるほど」と納得できる種明かしだが、そうなるともう一つ別な疑問が湧いてくる。
「ゲイェに向けて飛ばすんじゃダメだったのか?」
少尉は戦闘中、本当に自由自在に剣を飛ばす。
飛ばした剣を囮に使ったり逆に本体を囮に使ったりと、実にトリッキーにポルターガイストを使っている。
同じようにすればもう少し楽に勝てたんじゃないかと思ってしまう。
「私、クロップ少尉のように上手くこの魔法使えませんの」
そんな疑問に答えてくれたのはご本人。
息は荒くだいぶ汗もかいているようだが言葉もはっきりしているウェンディが、いつの間にか俺たちの元に戻ってきていた。
「お疲れ様」
「私よりホソダさんの方が疲れた顔してらっしゃいますわね」
とりあえず労いの言葉をかけたらなんか笑われた、解せぬ。
まあもしかすると本当に俺の顔の方が疲れているのかも知れない、座り込むくらいには精神的に疲れたし。
「で、そんなに難しいのかポルターガイスト」
それはそれとして話の続きだ。
「クロップ少尉のように実戦でああも使いこなす方なんて、少なくとも帝国には他に居ないと思いますわよ」
どうも話を聞く限り、ポルターガイストは本来実戦で使うような魔法ではないらしい。
ウェンディは少尉を見ていたからあの場面で咄嗟に、奇襲的に使おうと思ったが普通は戦闘時の選択肢になど入らないだろうとのこと。
マジかよと思いつつ少尉の方を見ると、微妙に得意げな顔をしている。
無関心無表情を取り繕おうとしているが口元が微妙に動いているとかそんなん。
どうやらこうして事細かに褒められると少尉でも喜ぶらしい。
恐らくそんな魔法だからこそ、あまりにも突拍子のない行動だからこそゲイェも引っかかったんだろう。
何しろ武器まで手放してるからな。
結果を見れば、奇襲としては大成功。
しかし聞けば聞くほど思い知る、そんな方法を思いつきのぶっつけ本番でやってのけたウェンディの凄まじさ。
本当に、どういう脳みそと肝なんだと問いたい。
正直ポルターガイストを学び始めた時は「俺も頑張って少尉みたいなカッコいいバトルをしたい」という夢を見てたんだが、どうやらその夢は夢で終わりそうだ。
何しろ俺に少尉のような魔法センスも、ウェンディのようなメンタルは備わっていないのだから。




