第十章∶その12
時間にしてだいたい十数秒くらい、ごく短時間で河を飛び越えた俺たちを待っていたのは熱烈な歓迎……凶悪な対空攻撃だった。
対空攻撃といってもミサイルや機銃、魔法といった攻撃ではない。
飛んできているのは石に枝といったその辺に落ちている物。
それもメジャーリーガーや各種投擲競技のメダリストたちもびっくりの速度と精度で。
それらを地上からこちらに向かって投擲しているのはオークの集団。
豚の頭を持つ巨漢という、おおよそ俺のイメージ通りの見た目の連中だ。
彼らが野太い声で怒号を上げながら俺たちに向けてその辺に落ちている諸々と、あとは強い敵意をぶつけてくる状況など怖くないはずがない。
それも明らかに十や二十ではきかない数が、一斉に。
明かりの数イコール人数ではないことは分かりきっていたが、流石に多くはないだろうか。
俺は今、回れ右したい衝動を抑え込むので必死だ。
そんな中でふと思ったことがある。
俺が今味わっているこの状況、これが文明自体は元の世界ばりに発展しているこの世界に飛行機械の類が全くない理由の一端なのではなかろうか。
───この世界は空飛ぶ物をあまりにも簡単に落とせすぎる。
銃や魔法どころか”投擲”でこれだ。
俺は魔法障壁のおかげで防げているが、数発直撃すれば簡単に撃墜されてしまうだろう。
流石にこの攻撃が飛行機やヘリの飛ぶ高度まで届くとは思いたくないが、届かないとは言い切れない。
こんな世界で「よし、空を飛ぶ乗り物を作ろう」とは、俺ならあまり思わない。
〚アブナイ〛
〚コワイ〛
俺と同様に淡く光っているせいで、これまた俺同様に攻撃の的になってしまっている精霊さんたち。
彼らは口々にそんな事を言いながら俺の背後に逃げ込んでくる。
俺の背中は安全だと判断してくれたのだろうか、悪い気はしない。
この子たちは俺が”守護”らなければならぬ。
「手出し無用でお願いいたします」
「皆も俺の後ろに」と言おうとした瞬間に聞こえたのはそんな声。
声のした方を見れば───そこにはハルバードを携えて急降下していくウェンディの姿があった。
「ちょ」
思わずそんな声が出る。
何してんの?以外の言葉が何も浮かばない。
『まずは力を示さねば、親玉に会うなど叶うまい』
「ああ、なるほど」
オークたちと帝国の戦いを止めるために俺たちは……というよりウェンディは、戦わねばならない。
阻む者を蹴散らして先に進まなければならない。
事情を話して通してもらうというのは望むべくもないし、素通りしたりやり過ごしたりするのもたぶん好感度が下がる。
そして俺たちが手を貸すのもあまり良くないという、なんとも難儀な状況だ。
「付いてきておいて応援しかできないってのも何だかなあ」
俺がそんなボヤキをこぼしたのと、ウェンディが地上に降り立ったのはほぼ同時。
ドゴォとでも聞こえてきそうな重たい着地を見るに「あいつの急降下は魔法で下に向かったのではなく、魔法を解除しての自由落下だったのではないか」という疑念が湧いてくる。
もしそうなら無茶苦茶……だけどオークの好感度は上がりそうだな。
もしかするとウェンディとオークの相性はいいのかも知れん。
そして眼下で始まった戦いはウェンディ優勢。
相手は人間より二回りは大きなサイズ感のオークたちであり、振り回す斧や棍棒といったパワー型の武器も巨大。
それによる攻撃をウェンディは真正面から受け止め、むしろ逆にハルバードの一撃でもって吹き飛ばしていく。
決してオークたちは見掛け倒しではなく、武器がぶつかり合ったり地面に叩きつけられた際の音を聞く限り普通に見た目通りのパワーがある。
そんな連中と真っ向から打ち合っているウェンディがシンプルにおかしい。
もはや感心を通り越して引くわこんなん。
「一斉には襲いかからないんだな」
戦況がウェンディ有利に見える理由には、オークたちの奇妙な動きも影響している。
ウェンディが降り立った場所はオークの集団の真っ只中、つまり現在オークはウェンディを取り囲んでいる形。
にも関わらず、彼らは集団では襲いかからないのだ。
真正面から一人ずつ次々に挑みかかるという、まるで時代劇のクライマックスを観てる気分になる流れ。
『乱戦であれば背後を突きもするが相手が一人ならああなる、実に変わった連中だろう』
「確かに」
一人二人ならまだしも皆……どうやら種族全体にそういう美学的なものが浸透しているというのは、ベルガーンの言う通りだいぶ変わっていると思う。
俺の中でオークの好感度が上がった。
ベルガーンの声音もどこか楽しそうなので、こいつとしてもけっこう好いている種族なのかもしれない。
「終わったみたいだな」
そうこうしているうちに地上での戦いは終わったようだ。
最後に立ちはだかった他より一回りくらい大きい、恐らくオークの中でも巨漢であろう相手もウェンディは難なく吹き飛ばし勝利。
かくしてウェンディの周囲に、動くオークの姿はなくなった。
「お前ホントに強いな」
「そんなことはありませんわよ」
とりあえず地上に降り立って早々ウェンディのことを褒めてみたが、言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうな顔をしている。
口元ピクピクしてるし、ニヤニヤを抑えるのに必死なんだろう。
まあこの感想は完全にお世辞抜きだ、強すぎる。
一体どこからあんな力が出ているのかというくらいのビビりは遠目で見ていてもあったが、地上に降りてからはまた別なことで驚いた。
どうもオークに一切死人が出ていないようなのだ。
倒れ伏している者たちは皆苦しそうに呻いてはいるが、命に関わる怪我をしている者がいるようには見えない。
殺さないように手加減しつつ戦闘不能にするとかいうのが、相当な実力差がないとできない芸当なのは俺でもわかる。
それをあの状況で全員に対してやってのけるとかどんだけだよと。
ホントに時代劇の殺陣を観てる気分だ。
「それで、このような感じでどんどん戦っていくつもりなのか?」
「一応そのつもりですわね」
まず対岸から飛来した俺というか”オルフェーヴル”はさぞかし目立ったろうし、ウェンディの戦いも音が凄かったしオークたちもめっちゃ吠えてたしで目立ったはずだ。
あとはそれにつられてやってくるオークたちを倒し続ければ親玉のところにたどり着けるか、親玉自身が出張ってくるだろう───そんな脳筋極まる方針でこれから俺たちは動く。
まあ「それが一番オークにウケるはずだ」という理由付けはあれど、我が事ながらなかなかに無茶苦茶だ。
というかウェンディは俺の問いに対してこともなげに「そのつもりです」と答えたが、相当難易度が高いんだよなこれ。
一人で戦わなければならないウェンディの負担がデカすぎる。
先程の戦いを見るにオークは集団戦ではなく常に一対一になるよう戦うっぽいので、そこはまだマシかも知れない要素だ。
しかしそれでどの程度楽になってるかと言われたら、微々たるものだろう。
「オークってどう?強いの?」
「力が尋常ではありません、少し手が痺れました」
「へぇ」
どうやら少尉もオークとの戦闘経験はなかったらしく、多少は興味がある様子でウェンディに感想を聞いている。
少尉とウェンディが話しているところを初めて見たがタメ口だ、大丈夫なんだろうか。
まあ俺はその辺ツッコめる立場ではないので特に何も言わないけれども。
もしかすると少尉も俺並みに七不思議部に馴染んできたのかも知れない。
そしてウェンディ、あんだけ立て続けに色んなオークと打ち合ったらそりゃ手も痺れるだろうが少しって何だ少しって。
あの巨体とパワー系武器から繰り出される一撃は相当重かったはずだ。
何なら木とか岩とかを粉砕しそうな一撃。
それがこいつにとっては少し手が痺れる程度らしい。
今握っては開く動作を繰り返しているが、何の問題もなく動いているようなので本当に少しなんだろう。
本当にすげえなこいつ。
ウェンディが強いことはわかっていたつもりだが、それでもだいぶ低く見積もっていたのかも知れない。
『次が来たようだぞ』
そんなベルガーンの言葉が聞こえるとほぼ同時に、俺が何かしらの反応をするより先に突如として光が俺たちを照らした。
光の強さは目が眩むほどのものではなく、せいぜい車に照らされた程度。
光源の位置もそう高くない、ちょうど手に持ったくらいの位置から照らされてるので恐らく魔法の光ではなく手持ちの何かだろう。
そんな光を片手に茂みの中から現れたのは、ベルガーンの言う通りの”次”。
様々な得物……ことごとくパワー系の武器を携えたオークたち。
先程眼下から物を投げつけて来た時も凄い迫力ではあったが、こうして間近で見るとまた威圧感が凄い。
身体がやたらデカいのもあるが立ち居振る舞いが強者のそれ、うまく説明できないが威圧感のようなものをとても感じる。
特に吠えたり武器を振り回したりといった威嚇をせず、悠然と歩いているのが良いんだろうか。
不覚にも「カッコいいなこの世界のオーク」と思ってしまった程だ。
「では、行ってまいります」
そんな集団に対し、ハルバードを携えたウェンディがそちらに向けて一歩を踏み出す。
その表情から悲壮感や気負いの類は感じ取れず、むしろやる気に満ち満ちているとかそんな状態。
何となくだがウェンディの先祖、ヨークシャー家初代当主であるエイブラムが一人で河を渡りオークたちと相見えた際もこんな顔をしていたんだろうなと思う。
やはりイメージ映像がウェンディになってしまうが、きっと精神性の好漢ではあったんだろう。
今の俺はその後ろ姿を見送ることしか、応援し勝利を祈ることしかできない。
ただヤバそうと感じたら”オルフェーヴル”でウェンディを回収して逃げようとは考えている。
例えウェンディが大丈夫と言ったとしても、自己判断で。
「カカカ、やる気があって結構結構!」
そんな決意を新たにした時、声が響いた。
軽快な笑いと、それに続く低くどこかしわがれた声。
声の主は、ゆっくりと最後に現れたオーク。
その顔には深い皺がいくつも刻まれ、耳から顎までを白い髭が覆っている。
見た目は「老いたオーク」と、間違いなくそう評するのが適切だろう。
だがその目には、楽しそうな笑みを浮かべたその顔には生気が漲っている。
またがっしりした武装も身につけた身体は衰えを感じるどころか他のオークたちより一回り大きい。
「儂はサール氏族の族長ゲイェ。
若き戦士よ、お前さんの名を聞こう」
現れたオークたちの中で誰が一番強そうに見えるかと言えば、間違いなくこの老オークだろう。




