第十章∶その6
「いや大丈夫か?」
メアリに連れられて向かったのは、昨日夕食を食べた場所の半分程の大きさの部屋。
中央に置かれた大きなテーブルには白いクロスが敷かれ、その上には俺たちのための朝食が用意されている。
既にウェンディとヘンリーくんはそこに着席して俺たちを待っていたのだが、ウェンディの方は明らかに様子がおかしい。
「疲れ果てている」としか言いようのない顔色と雰囲気。
思わず心配して声をかけてしまった程だ。
「大丈夫ですわ……」
「どこがだよ」
声に全く力がない。
普段は常に腹から声を出しているウェンディがこの有様というのはなかなか異常だ。
ただ、彼女がこうなってしまった理由に関しては簡単に想像がつく。
昨日親父……辺境伯に相当絞られたせいだろう。
流石に当日朝連絡で実家にデスマーチを強いるというのはやらかしすぎなので仕方ない。
むしろ辺境伯家はよく対応してくれたもんだと思う。
なので残念ながら、この場でウェンディに向けてかけられる気の利いた慰めの言葉が俺には全く浮かばない。
間違っても「気にするな」とは言えないし。
まあ次回からは俺も気をつけるようにしようと思う。
「俺にも責任がある」とまでは正直思わないが、俺も気をつけてやれることはあったはずだ。
まあウェンディは俺の予想や常識を軽々と超えてくるケースが多いので、フォローしきれるかは自信ないけど。
「とりあえずご飯食べよ!」
そんな状況でもう一人の破天荒、メアリはいつも通りにこやかな笑顔。
何ならいつもより積極的に話を進めたがってる感じがするのはアレか、触れないのが優しさ的な奴か。
部屋にいる他の面々、ヘンリーくんにアンナさんにセラちゃんもこの件に関しては特に何も言わない。
精霊さんたちは気遣うようにウェンディの周りを行ったり来たりしているが、こちらも声をかける様子はなし。
「とりあえずそうするか……」
やはり皆触れないのが優しさモードのようなので、俺もそれに倣うことにしようと思う。
そうして適当な席に座り見渡したテーブルの上は、昨晩ほどの豪勢さはないものの多くの食べ物が並んでいる。
というか焼き立てのパンやパンケーキ、サラダにスープにハムにウインナーに卵料理と選択の幅がやたらに広い。
貴族寮の朝食ビュッフェ並……つまり十分豪華な食卓なのである。
正直もう少し手抜いてくれてもいいんですよと思う。
そういえば昨日夕食の豪華さに困惑していた兵士たちは朝、何を食べるんだろう。
部屋のサイズ的にも今回は同席しないのだろうが、部屋が違うだけで同じようなものが出てたら面白いな。
彼らは間違いなく今回も固まるはずだ。
「というか朝食は俺と食べて大丈夫なんだな」
俺としてはメアリたちはまた辺境伯と、俺は別室で兵士たちと……という夕食と同じ分け方の朝食を想定していたのでこの状況は少し意外だ。
「辺境伯家からの要望は初日だけは公式に歓待させてほしいという旨でしたので、本日以降はこのような食事になるかと思います」
そんな疑問に答えてくれたのはアンナさん。
まあ滞在中ずっとあの方式だとお互いに大変すぎるだろうしなあ。
重要な用事を携えての来客とかなら別だがメアリとヘンリーくんもそうじゃないし、辺境伯家としても「最低限の儀式的な歓待は済ませたので、あとは子供同士でのびのび滞在してくれればいい」みたいな感じなんだろうか。
もしそうだとしたらかなりありがたいな。
「それで、これ食べたら街に行くんだっけ?」
パンケーキに何なのかわからない赤いジャムを塗り、食べながら尋ね……うわ何だこのジャム超うめぇ。
味はイチゴに近いんだが少し違う、貴族寮の朝食でもジャムは出るがこの味は完全に未知のもの。
原料は辺境伯領かその近郊でだけ取れる何かというのは間違いないと思うが何だろう、果たして俺が知ってる固有名詞の物だろうか。
「そういった予定となっておりますが、行きたいところはございますか……?」
普段のウェンディは貴族寮だろうが野外だろうが、食事の際は背筋をピンと伸ばしてキリッとした様子で美味しそうにパクパクと食べる。
それが今のウェンディはほんのり猫背、食事の効果音も「パクパク」ではなく「もさもさ」の方が適切といった有様。
このテンションなら出掛けずに酒でも飲んで寝てたほうがいいんじゃないかと思う。
まあそれをウェンディが受け入れることはまずないだろうし言わないが。
「とりあえず適当に見て回る感じでいいんじゃないか?」
俺たちはここ辺境伯領に何があるのかも知らない。
急遽決まった行き先なこともあり、特に下調べもしていない状態だ。
それに正直辺境伯領という土地柄、観光名所と呼べるようなところがあるとは思えないし適当に回るでいいんじゃなかろうか。
むしろそっちの方が発見があって面白いような気がする。
そんな俺の提案に対してはメアリもヘンリーくんも「そうだね」「そッスね」と賛同してくれた。
「ではそういたしましょうか」
そう言ったウェンディの瞳には、少しだけ生気が戻ってきたような気がする。
「どこに連れて行こう」と考えを巡らせ始めたことで、ようやく前向きな気持ちになれたのではなかろうか。
そして朝食後繰り出した街の規模は、帝都やオーモンド領のオーレスコよりは遥かに小さなものだった。
ただこの都市、地理条件の割にはかなり発展しているように思う。
辺境伯領は帝国の中心部からも主要街道から大きく外れた北の端で産業も貧弱、さらにはオークの脅威に晒される場所と発展しにくい条件の揃っている場所。
なので正直、もっと寂れた街を想像していた。
それがいざ蓋を開けてみれば道もしっかり石畳で舗装されているし、住民も明るく活気がある。
これは街巡りも楽しみになってくるというものだ。
『この街の建物は随分と頑丈な造りだな』
そしてそんな観光を最もエンジョイしているのは間違いなくベルガーン。
出発時にしれっと合流していた放浪癖のある魔王である。
一体朝から……というか昨夜からだな、ずっとどこに行っていたのだろう。
「確かに帝都とかとは造りが全然違うな」
ベルガーンが特に強い興味を示しているのは建物の造り。
これに関しては俺も少し眺めただけで違うということはわかった。
まず建物の形からして違う。
帝都やオーレスコには様々な形状の屋根があり、素材もレンガやら板やらバリエーション豊富。
天窓や、名前知らんけど屋根から突き出した窓みたいなのがついている家も多い。
一方でここ辺境伯領リヴァーガーデは屋根の形状にルールでもあるのかってくらいバリエーションが少ない。
多くの建物は金属で覆われ傾斜のついた三角屋根で、その屋根に煙突が生えていることはあっても窓がついていることはない。
バルコニーやテラスのような突き出した空間もないので、建物の印象はほぼほぼ「真四角」だ。
たまに屋根まで真っ平らな正真正銘真四角の建物もあるが、バリエーションといえばそれくらいのものだ。
『うむ、どの建物と壁は分厚く窓は二重だ』
「丈夫そうだな」
『実際相当に丈夫であろうな』
そして見た目的にも実像的にも、この街の建物は頑強である。
果たして強くなる必要があったのは外敵に対してか雪に対してかと問えば、たぶん「両方」という答えが返ってくるだろう。
『雪の降る地域とは、こういう場所なのだな』
「お前も初めてなのか」
少し意外に思いながらベルガーンを見上げる。
『伝聞でしか聞いたことはない』
こいつは何でも知ってそうだしどこでも行ったことがありそうと勝手に思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
まあ確かにこいつの居城があった場所”死の砂漠”からこの地域まではとんでもない距離があるので、来たことがなくてもおかしくはないか。
というか雪の降ってない今でこれって、雪が降って積もった時期に連れてきたらもっと喜びそうだな。
完全にノリが冬の北海道観光になるが、今度ウェンディに冬来れないか聞いて……聞いてみたいが、辺境伯家にまた迷惑かけそうで抵抗がある。
凄まじく聞きづらい。
「じゃあオークのことは?」
辺境伯領に流れる大きな河の向こうに住む種族、オーク。
どうやら随分と物騒な連中らしいが、果たしてベルガーンはそいつらのことを知っているだろうか。
もしこいつが生きていた時代でもオークはこの地域にだけ棲んでいた、とかなら知らなくてもおかしくはないが。
『余の時代の彼奴らは、戦いに生きる種族だった』
だがどうやら、オークに関しては知っていたらしい。
というか戦闘民族かよオーク。
いやオークのイメージ的におかしなことではないけれども。
『好戦的で粗野、そして戦いにこそ”意味”と”誇り”を見出す……そんな連中だ』
ベルガーンの語り口に侮蔑や嫌悪のような色はない。
たぶんではあるがこいつの知るオークは俺の抱いているイメージ……「十八歳以上にならないと触れられない作品で汚れ役ややられ役をやっている嫌な造形の種族」とはまるで違う連中なのだろう。
くっころとは無縁そうなことに安堵したほうが良いのか、それともベルガーンに戦闘民族として語られるような連中であることにビビった方が良いのか。
まあたぶん後者なんだろうな、帝国の警戒っぷりを見るにヤバさは健在っぽいし。
『この時代でも変わっていなければ、今も河の向こうで戦いを求めているやも知れんな』
怖い締め方すんな。
少尉もそうだったが、お前らオーク関連はとりあえず俺のことをビビらせようとしてないか。




