第十章∶その1
俺たちがバーゴイン男爵領を発ったのは、事件から二日後のこと。
俺たち自体は特に事情聴取等で拘束されるようなことはなく、せいぜいご飯時になるとこれ食べてくださいあれ食べてくださいと大量の差し入れを持ってくる村人の応対をした程度。
若干大変ではあったが、他に何か面倒事があったかと言われれば特になくむしろ暇だったくらいだ。
一方で明らかに大変そうだったのはロンズデイル。
報告やら何やらはやってくれると言うのでお任せしたが、実際に動き回っている姿を見ると本当に任せて大丈夫だったのだろうかという罪悪感が湧いてきた程。
話を聞く限りだと、問題視されたのは”デーモン”や怪物たちよりむしろ儀式魔法の方。
「誰が、何のために」という部分がかなり深く検証されたらしい。
まあ確かに、ほとんどテロが起こったようなもんだしな今回。
一応町の住民や観光客の死者はゼロ。
何人か避難中に転倒して負傷した人はいるらしいが、たぶん「大したことなくて良かったですね」と言っていい被害で済んではいるのでそこは良かったと思うか、事件自体を大問題視されるのはそりゃそうだという感じではある。
誰が儀式魔法に細工をしたかについての手がかりは、今のところ全くない。
これに関してはただでさえ人の動きが激しい時期なため、誰がどう動いたかの検証が全くできないのだからどうしようもないことだ。
俺の世界と違って至る所に監視カメラがあるわけでも、道行く車にドラレコが標準装備されているわけでもないしな。
数少ない手がかりになりそうな二つの死体も、果たしてどこの誰だったのかは全くわからず辿りようもない有様らしいし。
結局ロンズデイルとついでにダブルジョンはその調査やら検証に駆り出され、しばらくこの町に留まらざるを得なくなってしまった。
一応俺たちは「何か手伝えるなら手伝う」であったり「終わるまで待ってる」と提案してみたが、返ってきたのは「機密扱いになりそうな案件なので関わらせられない」とか「待ってもらおうにもいつ終わるか分かったものではない」とかそんな答え。
まあ事件翌日朝くらいまではロンズデイルも「少し皆さんを足止めしてしまうかもしれません」とか言ってたので、彼自身もすぐ動けるようになると軽く考えてたっぽいんだよな。
それが思ったよりはるかに大ごとになってしまった訳だ。
結局俺たちは彼らを置いて出発することとなった。
ダブルジョンは非常に強めの異議を唱えていたが……まあ、駄目だった。可哀想に。
一応終わり次第追いかけて来て合流することにはなっているが、どれほどかかることやら。
「うーん、ダメそうですわね」
「こっちもッスね」
さてそんなわけで出発した俺たちだが、困ったことにこちらの方にも問題が発生してしまった。
なんと次の目的地で開催される予定の祭りが中止になってしまったのだ。
今は街道の脇に車列を停め、ウェンディたちと次の目的地を話し合っているところだが……どうも問い合わせてみたところ周辺地域で開催中・開催予定だったお祭りはことごとく中止になっているらしい。
まあバーゴイン男爵領であんなことがあった以上、周辺地域で「住民と観光客の安全が保証できない」という理由で祭りが中止になるのはやむなしだろう。
これはそういったことに思い至らず、特に調べもせずで出発してしまった俺たちの落ち度だ。
「どっか別なところ行くか?」
かくして旅の目的は綺麗さっぱり消えてなくなった。
だがこのまま諦めて帰るというのも味気ないと思ってしまう自分がいるので、そう提案してみた。
「別なところ」の心当たりは全く無いので、かなり無責任な提案になってしまうんだが。
どうやら他の面々も似たような気持ちがあるらしく、「そうだね」とか「そッスね」とか賛同する感じの声が返ってくる。
「なら、皆さんがよろしければなのですけれど」
そしてその時、軽い咳払いと共にウェンディが口を開いた。
「ヨークシャー辺境伯領に参りませんか?何も無いところではありますが、歓迎いたします」
それは彼女にとっては里帰り、俺たちにとっては実家への招待。
いずれにしても少し意外な提案だった。
ウェンディの実家であるヨークシャー辺境伯家は帝国北端、事実上の国境線となっているアーヴィング河の流域に広大な領地を持つ名門貴族である。
ただし領地はその広さに反して豊かとは言い難い。
原因の一つはその気候。
全体的に冷涼で冬は長く夏は短いのだが、特に領地の北は「一年の半分は雪がある」と言われる程であり、冬ともなればもはや比喩でも何でもなく雪と氷に閉ざされてしまう場所となる。
南では麦などの農耕が行われているが細々としたものであり、主力産業と呼べるのは牧畜と狩猟だがそちらも「あえて言うなら」といった程度。
産業に関しては弱いと言わざるを得ない地域である。
だがそんな場所でも良いところはある。
夏は涼しくとても過ごしやすいのだ───と、俺たちはウェンディから力説された。
なんか全体的に北海道の話を聞いてる気分……いやなんか北海道より寒そうだな。
「それじゃ行ってみてもいいんじゃないか?」
俺的には今のところ、帝国の夏自体が過ごしやすい部類の気候だと思っている。
時期的にはまだ初夏なのでこれからどんどん暑くなってはいくのだろうが、同じ時期の元の世界……日本と比べれば湿度も低く天国と言っていい。
ただそれでも「涼しさ」は魅力的だし、何よりウェンディの実家に興味もある。
招待されて断る理由はなく、むしろ行ってみたいと思う状況。
そしてメアリやヘンリーくん、セラちゃんもそれに賛同してくれる。
「では決まりですわね!」
こうしてウェンディがとても良い笑顔、弾みに弾んだ声で手を叩いた瞬間目的地が大決定した。
さて、その辺境伯領だが距離的にはかなり遠い。
車でおよそ一日半、途中二度の休憩と一度の宿泊を挟む長旅。
七不思議部として行った場所としてはこれまでで最も遠い場所となるだろう。
そしてウェンディが言う通り、帝国北部は帝都周辺とはかなり異なる気候をしていた。
北へ向かえば向かうほど気温は下がり、峠を一つ越えた頃には初夏から春先まで季節が逆戻りしたような印象さえ受けるほど。
もう朝晩なんかは涼しいを通り越して肌寒い。
過ごしやすいは過ごしやすいが、風邪ひかんようにしないとなあと思うような環境である。
『あの施設は何だ』
そうしてようやく辺境伯領が間近に迫った頃、窓の外を見ていたベルガーンが不意にそんなことを聞いてきた。
つられて外を見ると、そこには高い壁で囲まれた謎の巨大施設。
面積もだいぶ広いように思う。
北に行けば行くほど街道沿いの建物が減っていた状況で出現した、かなり異質な建物。
「あれ帝国軍の基地だよ」
その疑問に答えてくれたのは少尉。
相変わらずずっと黙って本を読んでたから会話に参加する気がないのかと思ったが、どうやらあったらしい。
さておき、少尉によればあの施設は辺境伯領やその近隣に複数存在する帝国軍基地の一つ。
彼女はこの地域に赴任した経験はなく、また所属部署的にも関わりが薄いため名前等詳細については知らないとのことだったが。
「あーやっぱりそういう場所なんだ、辺境伯領って」
軍事基地というのは、俺の世界ではだいたい戦争が始まったら最前線になるような場所にある。
そして辺境伯というのも同様に、そういう立地にある貴族につけられる肩書だ。
軍の基地の一つや二つ、あってもおかしいことはない。
「国境の向こうにいる連中ってそんなに物騒なのか?」
ただその基地が複数、それも貴族軍ではなく帝国軍の基地が存在するとなるとかなり物騒な話になってくる。
ヨークシャー辺境伯も他の貴族同様に自前の軍を抱えており、またその軍は数の上でも質の上でもトップクラスなのだと以前ウェンディが自慢気に話していたのを覚えている。
にも関わらずそれにプラスする形で帝国軍が割と大規模に駐留しているということは、国境の向こうにいるのは精強なヨークシャー辺境伯軍だけでは足りない可能性があると思われている相手だということだ。
「アーヴィング河の向こうにいるのはオークだね」
「オークってあのオーク?」
「キミの言う”あの”が全然わからないんだけど、頭割って確認したほうがいい?」
「すいません」
なんか変な聞き方をしたせいで微妙に少尉をイラッとさせてしまったようだ。
本当にすんませんでした。
豚の頭に巨大な身体、あとは強い力と低い倫理観を兼ね備えたファンタジーでよく見る、人里を襲うモンスターの定番でもある怪物。
それが俺の知っているオークだ。
この世界のオークがそんな種族かはわからないがアーヴィング河……国境線の向こうに暮らし、帝国が極めて強い警戒を向ける”外敵”はどうやらそいつらであるらしい。
「キミが領地にいるうちに河を渡ってこないといいね」
「本当にやめてくださいそういうの」
そういうこと言われると渡ってくる気しかしないんだよ。
やめてくれよ俺の滞在中に開戦とか、本当にやめてくれよ。
これフリじゃないからな?
十章開始です、またよろしくお願いします。
加筆修正は途中で投げ出しました。
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