第九章∶帝国の或る平穏な一日
私の名前はウィンストン・ローレル。
名門ローレル公爵家の当主であり、現在は帝国の宰相も務めているとても偉い男である。
この時期、帝国では様々な祭りが開催される。
祭りは大きいものから小さいものまで、王道なものから奇抜なものまで様々。
我がローレル公爵領でもいくつかの祭りが開催され、いずれもたいへん盛り上がる。
私は立場上参加することができないため、その熱気や楽しさを直に感じることはできない。
ただ祭りに臨む領民たちの表情からうかがい知るのみだが、彼ら彼女らにとってそれらが重要なイベントであるというのはしっかりと理解しているつもりだ。
一方で祭りというものは我々領主にとっても重要な意味と価値がある。
この時期に開かれる祭りは帝国の多くの地域、特に大穀倉地帯である中西部が収穫期を迎えるためヒト・モノ・カネがよく動く。
祭りに参加する地元住民や観光客はもとより商機を求める商人、仕事を求めてやってくる労働者などが地域に与える影響は大きい。
我々はそれらをうまく利用、あるいは留め置くために様々な策を講じるのだが……その点中西部の連中は非常に上手くやっている。
先々代のドチャーティ伯爵の下に嫁いだ商家の娘の提案がきっかけで始まった様々な施策が尽く当たり、今では周辺領主の多くが乗る一大事業となったという流れなのだが、この話の教訓は「世の中どこに化物がいるか分かったものではない」ということだ。
夫人が類稀な商才の持ち主だったことは疑いようがない。
まあそれらの成果のせいもあって伯爵は夫人に対して終生頭が上がらなかったという噂も残っているが、彼女おかげで現ドチャーティ伯爵の代での昇爵がほぼ確定したのだからそのくらい安いものだろう。
さて、前置きが長くなってしまったが本題に入ろう。
その中西部、バーゴイン男爵領で事件が起こった。
バーゴイン男爵家は、跡継ぎがいなかったせいで断絶してしまったモントゴメリー男爵家の領地を引き継いだ歴史の浅い貴族。
しかしモントゴメリー男爵家の時代から続く”神喚び”と呼ばれる祭りは人気が高く、国内外から多くの観光客も訪れる中西部の祭りの目玉の一つと目される祭典だ。
事件が起こったのはその祭りの真っ最中、突如奇怪な儀式魔法が発動し多くの怪物たちが溢れ出してきたらしい。
そしてその中には”死の砂漠”での出現が報告され、その高い戦闘力から強く警戒されていた”デーモン”なる存在が紛れ込んでいたそうだ。
第一報を聞いた時私は「これは大惨事になる」と思った。
タイミングもそうだが場所も最悪
中西部は国境から遠く、魔獣の出現もかなり少ないため、貴族軍こそ存在するが活動の機会は少なくはっきり言って弱い。
農業の手伝いに駆り出されることの方が多いと揶揄される程。
そんな貴族軍に”デーモン”の対処は荷が重いと判断した私はすぐに帝国軍の派遣に向けて各貴族との調整を始め───およそ一時間後、事態が解決したという報告が上がってきた。
その時私は間違いなく安堵したが、しばらく後に疑念が湧いてきた。
第一報は明らかな緊急事態を告げるものであり、またその状況に即応・解決できる戦力が近隣に存在した記憶もない。
果たして何があったのかと強い興味を抱きながら後ほど上がってきた簡易的な報告を聞いていた私だが、結論から言うと絶句して脱力した。
たまたまその場に居合わせて事態を解決したのは、アーカニア魔導学園七不思議部の面々だったのだ。
「またこいつらか」と思ったのは許してほしい。
もちろん感謝の気持ちはあるが、それはそれとしてこの感想が出るのは仕方のないことだと思う。
彼ら彼女らはトラブル、それも帝国的にも大問題に分類されるものに遭遇しすぎではなかろうか。
解決する能力を有しその場で解決してくれるのはありがたい。
我々がしなければならないのが後始末だけというのは気楽といえば気楽だ。
ただそろそろ我々としても学生の部活動で済ませてあげられる次元を越えてしまいつつある。
今は帝国軍情報部の手伝いということにして存在をある程度隠せているが、そろそろ主体は七不思議部であり情報部の方がその手伝いをしているという実態が公になってしまいかねないという危惧がある。
もしそうなったら帝国としても扱い方を考えないとならないのだが……それはもう近いうちにやってくる出来事だと、そんな予感じみたものがある。
「随分嫌な時代に宰相をやらされているものだな」
帝国の宰相は代々苦労する役職とされているが、私はその中でも特に苦労している……あるいはこれから苦労する羽目になるのではないか。
その予想もまた、どうにも予感じみて私の中にある。




