第二章:その4
「“死の砂漠“調査隊が変な病気持ってるかもしれない異世界人発掘したって聞いてさ」
「情報はしょりすぎだろ、あと発掘はされてないから」
メアリの説明に俺は頭を抱えることしかできない。
発掘された異世界人って何だ。
俺は土の中から出てきたのか。
「これは直で見に行かないと、ってなったんよね」
「そうはならんやろ」
しかもこれは「ここに何しに来たのか」の説明だ。
理由付けがあまりにも自由奔放すぎる。
「珍しい人間がいるらしい!よし会いに行こう!」とはならんだろ。
俺は動物園のパンダじゃないんだぞ。
仮に会いに行きたいという気持ちになったとしてもだ、こんな日が落ちた時間帯に窓から不法侵入するな。
何度も言うがここ三階だぞ、凄まじく危ないだろう。
あと今現在俺は未知の病原菌を持っているか否かの確認中、絶賛隔離中の身だ。
そんな人間に接触しようとすんな、もし俺が実際未知の病原菌の保持者でそれに感染したらどうする気なんだ。
「アタシはなったし」
メアリはにこやかな笑顔でピースサイン。
てかこの世界にもあるのかピースサイン。
どうやら俺の予感は当たったらしい。
こいつは難敵だ、難敵過ぎる。
行動と言動があまりにも自由というか無茶苦茶。
こいつもしかしてストーンハマーのおっさんと同じタイプの人間……いやあれより酷いな間違いなく。
「それで、会えて満足したか?」
「ぜんぜん!」
「そうか……」
どう生きたらこんな自由が服着て歩いてるようなキャラになるんだよ。
誰か助けてくれ。
この子の相手は俺には荷が重すぎる。
あれほど嫌だった“暇“が恋しくなってきたな。
「タカオとベルガーンってさ、どっちも異世界から来たの?」
『異世界から来たのは此奴だけだな、余はこの世界……この世界の過去から来た』
「え、なにそれカッコ良くない?」
頭を抱える俺をよそに、メアリは今度はベルガーンと話し始めた。
ベルガーンが自身やアルタリオンについて語り、メアリがそれをうんうん頷きながら真剣に聞き入る。
それ自体は砂漠でロンズデイルや考古学者相手にやってたことと同じだが、なんだかあのときよりも語りに熱がこもっている。
なんなら楽しそうにすら見える。
直接話せることが楽しいのか、それともメアリと話すのが楽しいのか。
「ベルガーンすごいじゃん……今日アタシ来て良かったわ……」
「満足したか?」
「あんまり!」
何なんだこいつ本当に。
まあ「ぜんぜん」から「あんまり」になったので少しは満足したっぽいな。
ただまだ足りないとかそういうことだろう。
……つまりまだ相手せにゃならんのか。
「門限とかはないのか?」
「あるよ、たまに守ってる」
「破る方をたまににしろよ」
正直暗に「もう帰れ」と言っているつもりなんだが伝わらない。
あるいは伝わっているが、全く気にしていない。
こいつはもしかするとぶぶ漬けをおかわりするタイプの人間なんぞゃなかろうか。
「てか俺は隔離中なんだが、いろいろ大丈夫なのか?」
「特に何もなしって結果出たらしいから大丈夫っしょ、アタシそこまで命知らずじゃないし」
メアリは胸を張ってそう言うが、俺にはどう見てもこいつが命知らずにしか見えない。
というか検査結果もう出たのか、早いな。
早いのはいいことなんだが……何故こいつがそれを知ってるんだ?
「もしかしてメアリはここの関係者……」
「に見える?」
「全然見えん」
「えめっちゃ即答じゃん、少しは悩もうよ」
まず年齢的に無理があるだろうが。
大人に混じって研究所で活躍する若き天才、というのは漫画やアニメ、ドラマ等でもよく目にするキャラクターだ。
だがメアリの場合それはないと断言できる。
もしこいつが研究所の職員なら、俺の到着時点で先頭きって突っ込んできていたことだろう。
あの場にいた防護服の集団の中にこいつと同じ背格好……あとはこんなテンションの奴はいなかった。
なのでこいつは違うと、断言まではできないがそう思う。
「タカオめっちゃ見つめてるけど惚れた?」
「もう帰れお前」
しまった本音が出た。
しかしメアリには全く効いていない。
「ウケる」と言いながら笑ってる。
誰か助けてくれ。
俺はこいつについていけるほどのコミュ力はない。
ベルガーン、穏やかな表情でメアリを見てる場合じゃない。
てかなんでその表情なんだお前。
「まーでも初対面で不法侵入して長居するのもアレがアレでこうだよね」
「何で突然語彙が失われるんだよ」
「また遊びに来るわってこと」
どこにその内容があったのかと問いたい。
こいつの言葉の行間や真意を読むのは俺には……というか全人類にとって難易度が相当高いのではなかろうか。
「とにかく今日は帰れ帰れ、研究所の人に見つかったら怒られるぞ」
「タカオがね」
「何で俺なんだよ」
とは言ったものの、この件で説教される自分というものは割と容易に想像できてしまう。
「何で人を入れたんですか」とかそんな感じで。
俺が入れたわけでもなければ呼んだわけでもないんだが。
「またね、タカオにベルガーン」
結局メアリはそう言って、笑顔で手を振りながら帰っていった。
出口は当然ながら、来た時同様に窓。
ここ三階なんだがどういう移動方法を使ってるんだ?という興味はあるが、今の俺には確認する気力がない。
まあたぶん何かしらの魔法だろうとは思うが。
あんな女の子が腕力で昇降してたら怖すぎる。
「疲れた」
心の底から疲れた。
大型の台風が真上を通り過ぎて行ったらこんな気分とコンディションになるのではなかろうか。
俺はあまり台風というものを経験したことがないが、メアリを何かに例えるなら嵐しかないだろうとは思う。
「……それにしてもやけに優しかったなお前」
『そう言われればそうかも知れんな』
ベルガーンの表情は、心なしかいつもより柔らかく見える。
もしかするとベルガーンは子供好きとかそういう感じなのだろうか。
特に根拠はないし、そもそもメアリを子供と呼ぶのが適切かはよく分からない。
それでも何となく、それは自分の中ではしっくりくる予想だった。
───お前、子供とかいたのか?
そう問いかけようとして、やめる。
きっとこれは立ち入ってはいけない質問だ。
ベルガーンは子供がいてもおかしくない年齢だし、立場を考えればむしろいない方が不自然だ。
だがもし仮にいたとして……その子はどうなったのだろう。
聞けばきっと湿っぽい空気になる。
メアリがいた時との落差で風邪をひきかねない。
ならばきっと、聞かないのが正解だ。
「寝るかぁ」
俺は布団に入り、寝る準備を始める。
先程までは眠れるか怪しかったが、今は疲れのせいでさっさと眠れそうだという確信があった。




