第九章:”衝撃”
その時異世界人が引き起こした現象は暴発、あるいはやらかしとしか表しようのないものであった。
精霊の力を借りて戦うという状況がぶっつけ本番だった上に、そもそも彼は攻撃が間近に迫るような状況で落ち着いて思考できるほど場馴れしているわけでもなかった。
そうして思考にいくつものノイズが混じった状態で”壁”を形にしようとした結果、”壁”の形をした巨大な爆発物が生成されたというだけの話。
起こるべくして起こった事故、避けられた事案と言っても差し支えない出来事である。
だが、それによって引き起こされた効果は絶大だった。
魔法障壁を展開する暇すらなく、爆発の衝撃を至近距離でまともに食らった一つ目は右腕を消失。
さらに大きなダメージを負ったことを示す青黒い煙を全身から立ち上らせている。
被害は極大で満身創痍、もはや戦闘の続行は不可能と判断されてもおかしくないほどの有様。
奇しくもこの状況は異世界人が最初に戦った相手、”死の砂漠”の”デーモン”が最後の最後に企図したものと同じであった。
自身の被害を厭わず、互いに回避不可能な超至近距離で特大の爆発を引き起こすことで相手に深刻なダメージを与える。
異世界人はまるで意図せずその捨て身の作戦を再現、そして大きな効果を上げるのに成功したのだ。
「あーびっくりした……」
視界を覆い隠す土煙の向こうからその声が聞こえた時、果たして一つ目は何を思っただろう。
身体の至る所から吹き上がる炎によって金色の体躯が赤く染まったオルフェーヴル……同じ爆発に巻き込まれたはずのそれが悠然と歩み寄ってくる様を見た時、果たしてどんな感情を抱いただろう。
”死の砂漠”の”デーモン”と異世界人、二人の行動は同じながらその結果には大きな隔たりがある。
”デーモン”は自身のみが被害を被り、異世界人は無傷。
異世界人は一つ目に大きな被害を与え───自身は、無傷。
異世界人の”ワンド”、オルフェーヴルが常に展開し続ける魔法障壁によって爆発を防ぎきったという意味では同じ結末。
それでもあまりにも理不尽というほかない差と、光景がそこにあった。
「流石に死んだかと思った……」
その声音に宿る感情は、安堵。
状況に対する満足感のようなものはまるで感じられない。
異世界人は純粋に、あまりにも無茶な状況から無傷で生還できたことに対して心から安堵していた。
《そンな馬鹿ナ話がアるか》
一つ目のその言葉は、間違いなく異世界人に対しての怒り。
しかしそれはどの部分に対してのものであったのか。
無茶苦茶としか言いようのない戦法をとったことに対してか。
地を抉る程の大爆発に至近距離で巻き込まれてなお無傷であったことに対してか。
それらに対する、あまりにも他人事な態度に対してか。
或いはこれほどの───あまりにも異常と言う他ない魔力を浪費してなお、一切揺らぐことなくそこに在り続けるという理不尽に対してか。
いずれにしても一つ目は再び出現させたレイピアを左手に構え、強く強く地を蹴った。
そこに技術のようなものはなく、ただ怒りに任せ全力を込めただけの単純な突進。
「あるんだから仕方ねえだろ」
異世界人はそちらに向けて、迎え撃つと言うには無造作に右拳を突き出した。
その拳を魔力が巡る、強い炎が宿る。
「よっしゃ」
起こった現象に対する満足とも、これから為す行動に対する決意とも取れる短い言葉。
いずれにしても異世界人は小さく頷き、再び魔力を回す。
今度はバーニアの存在する背中へと。
背後で空を飛べるほどの魔力が渦を巻き───次の瞬間、それが炸裂した。
異世界人は地を蹴らない。
自身を銃弾、あるいは砲弾に見立てて飛ぶ。
異常とすら言える程の魔力によって生み出されたエネルギー。
それがオルフェーヴルと言う名の弾丸を一瞬でトップスピードに乗せる。
見るものによっては、その姿が消えたようにすら映っただろう。
刹那の後に、二体の交錯。
ほぼ同時に響いた凄まじい音。
そしてそこには、誰の目にも明確な結果があった。
弾き飛ばされ、燃え上がりながら宙を舞う一つ目の姿。
あまりにも強い衝撃を受けたのだろう、いくつものパーツを撒き散らしながら後方へと飛ぶ。
奇しくも元来た道を戻るように、祭壇と時空の歪みのある方へと。
異世界人は───オルフェーヴルは、無傷。
右拳を突き出し僅かに腰を落とした体勢のまま。
一つ目の攻撃によってダメージを負うことも、膨大な魔力消費により形を失うこともなくそこに在る。
勝敗は、完全に決した。
再びの轟音。
それは一つ目が勢いのまま祭壇に衝突した音。
戦闘の衝撃により既に供物などは落ち、ただその形を残すのみだった祭壇が完膚なきまでに崩壊する。
そしてそこにめり込んだ巨大質量、一つ目の”デーモン”もまた僅かな身じろぎすらもすることなくその形を失い、青黒い煙となって消失した。
僅かな静寂。
その後に差し始めた陽光が、まるで勝利を祝福するかのようにオルフェーヴルを照らしていた。