第九章:その34
背中のバーニアに点火した時の音が、心なしかいつもより大きかった気がする。
速度も心なしかいつもより出ている気がする。
とはいえそれらを以前のものと比較する方法はないので、プラシーボ効果でそう感じているだけの可能性がなきにしもあらず。
どうか実際に速くなってますように。
視線の先、俺の進路の向こうでは少尉と一つ目がほぼ同時に、弾かれたように俺の方を向いた。
恐らく音か気配か魔力か、どれかに反応したんだろう。
その時俺はふと、初めて”魔法の杖”───オルフェーヴルと同調した時のことを思い出した。
あの時も俺はこうやって”デーモン”に向かって全力で飛び、そして少尉を撥ねかけたなあ。
……つまり、俺の精神性はあの時から何の進歩もない。
「力を得て調子に乗ってとりあえず勢いのまま飛び出す」というどう考えても改善すべき行動指針は、今も俺の中で健在なのだ。
「少尉避けて!?」
果たして少尉は、俺の今の叫びをどんな顔で聞いたのだろう。
いつもの呆れ果てて何も言えないみたいな顔だろうか……いや多分そうだな、間違いない。
むしろ他の表情を浮かべている姿は想像できない。
いずれにしても少尉の白銀の騎士は俺を躱すために跳び、一つ目も同様に地面を蹴った。
このまま直進すれば、どちらにも当たらない。
「お前の方は逃がさん!!」
今度は肩のバーニアを最大限利用し方向転換、再び一つ目の姿が俺の視界の中心に収まる。
そしてまさしく”瞬く間に”一つ目の姿が超至近距離に迫り───衝撃。
音はしなかった。
たぶん魔法障壁のせいなのだろう、一つ目にダメージが入ったようには見えない。
実際手応えも悪く、車に例えるならぶつかった感触ではなく急ブレーキをかけた時の感触に近かった。
だが衝撃は殺しきれなかったのだろう。
空中故に踏ん張りようもなかった一つ目は、僅かにバランスを崩しながら飛んでいった。
よっしゃ追撃を、と思った俺の眼前に突如大量の光弾が発生する。
何故かとかそういう前置きはつけない、一つ目が生み出したに決まっているのだから。
強いて言うなら、この強力な攻撃をノーモーションで大量に生み出せるのはズルいとは本気で思う。
爆発、閃光、また爆発。
無数の光弾が降り注ぎ、炸裂する。
ダメージは食らわないとは言え、目眩ましとしては有用。
これでは一つ目の姿を見ることすらできないのでここはガードと警戒を……と思った俺は、あることに気付いた。
先程、精霊さんの力を借りる前まではあった「爆発によって押される感覚」がない。
要するに俺の魔法障壁が強化され、光弾による攻撃ではその衝撃すらも届かなくなっているのだ。
そうして俺は改めて背中のバーニアに魔力を回した。
全速前進、一瞬で光の中を抜ける。
《───なッ!?》
そこにあったのは、今まさにレイピアによる刺突を繰り出そうとしていた一つ目の姿。
そして再びの衝撃。
今度は硬く重い音が響き、手応えを感じた。
そしてそれを証明するように、肩の装甲を歪ませた一つ目が完全にバランスを崩しながら吹っ飛んでいく。
恐らく魔法障壁は間に合わなかったのだろう。
今度こそダメージが入った。
「どうだこの野郎!!」
思いっきり中指を立てたい衝動に駆られたが流石に自重。
体当たりは狙って当てたわけではなく、たまたまぶつかっただけみたいなラッキーヒット。
それでそこまで調子に乗るのは流石に遠慮したい。
叫んだのはまあ……勢いです。
一つ目は遠くで膝をつきながら何とか着地。
随分と離れた位置まで飛んでいったが、戦闘不能になるようなダメージではなさそうな様子。
変化があったことと言えば、俺に向ける視線に警戒の色が混じったのを感じる。
ようやく、ようやく一つ目は俺のことを獲物ではなく”敵”として認識したっぽい。
俺的には大きな進歩だ。
離れた距離で対峙する俺たちの間には緊張感のある空気が流れているが、当初と違って俺には心の余裕がある。
それを自覚しつつ、心の中で「大丈夫、大丈夫」と繰り返し唱えながらゆっくりと息を吐いた。
「それにしてもすげえな精霊さん」
一息ついたところで、俺は近くにいるかいないかわからない精霊さんに声をかける。
なんというかこう、何もかもが強化された感覚がある。
これは確かに一騎当千の無双とか始めてしまうわ。
〚キミモ スゴイ〛
「ありがとう」
褒められたのは多分魔力のことだろう。
他に褒められそうな要素が全く浮かばないし。
「この状況で使えそうな技、何かない?」
今のところ俺が体感している強化は、ブースター出力と魔法障壁の強度。
オルフェーヴルの見た目が炎モードみたいになったのとは、正直特に関係性がないように思う。
きっと何か明確に火属性っぽい攻撃ができるようになっているのではないかと期待を込めて、問いかける。
〚火ノ球 飛バセル〛
「最高」
ついに、俺も遠距離攻撃解禁だ。