第九章:その33
最近何度か名前を聞く機会があった種族、精霊。
契約した相手に凄まじい力を与える代わりに膨大な魔力を消費させ、悪ければ死に至らしめる割と物騒な存在。
この町で”神様”などと呼ばれている存在が精霊ではないかとベルガーンは当たりをつけていたが、どうやらそれは正解だったらしい。
「……大丈夫なんだろうな?」
そいつらの力を借りるとなると、やはり真っ先に不安が来る。
俺は大丈夫なんだろうか、と。
『貴様の魔力量ならば、あれらの力を少々借りる程度何ら問題ない』
「そうなのか」
ひとまずは安心といったところか。
そしてやはり俺の魔力は凄いらしい。
自分では全くわからないので一度自分のステータスを見てみたいが、この世界はそういう機能あったりしないかな。
「なら最初から力を借りれば良かったじゃねえか」
さておき、そうなると別な疑問が浮かぶ。
その筆頭格が「何で今?」だ。
精霊の力がどの程度のものかは知らないが、最初から力を借りていれば俺はもう少し戦えたんじゃないかと思う。
ベルガーンの口ぶりから察するに、そんなショボい強化でもないみたいだし。
『まず、あれらは当初貴様の戦いに興味など持っていなかった』
「あっそういう理由」
何のことはない、精霊たちの都合だ。
力を貸した人々の命を奪ってきたという負い目か、それとも排斥されてきたが故の忌避感か、どうやら精霊たちはベルガーンの時代ほど他者に関わろうとしていないらしい。
『今とてこちらを見てはいるが、寄っては来ぬ』
確かに「遠巻きにこちらを見ている」としか言いようがない距離感だ。
最初はこれより遠かったんなら、そりゃ駄目かもしれない。
そんな連中に俺の魔力量を見せることで何とか興味を持たせる、というのがベルガーンの意図。
そしてそれはうまいこと成功したようだ。
成功してこれって物理的にも心理的にもどんだけ遠い存在だったんだよとは思うが、これまでの歴史的に仕方ないことでもある。
もしかすると、最初から力を借りることもできたかもしれない。
まあかもしれないってだけで望みは薄いし、もし仮に上手くいったとしてもかなり多くの時間を費やす羽目になったはずだ。
そうなると当然俺の参戦はかなり遅れるわけで、しわ寄せが少尉に行く。
一つ目相手の時間稼ぎを”魔法の杖”と同調した状態ではなく生身でお願いすることになってしまうのだ。
もしかすると少尉なら……という思考もあるにはあるが、この思考を採用したいとは全く思わない。
というかそもそも、ただ見ているだけというのは現状ですら結構なストレスなので待てたか怪しい。
結局精霊の力を借りる前に突っ込んで同じことになっていたんじゃなかろうか。
理解したし納得した。
というか、納得するしかない。
『あとは、いい加減貴様も痛い目を見るべきだと思ってな』
「おいこら」
こっちは納得いかん。
痛い目なんて見たくないんだよ俺は、楽をさせろ楽を。
何で異世界に来てまで苦労せにゃならんのだ。
それも戦闘とかいう元の世界では縁もゆかりも無かった代物で。
などとベルガーンに対して文句を述べ、それを雑にスルーされているうちに事態が動いた。
空に浮かぶ色とりどりの光の一つ、赤い光が真っ直ぐこちらに向かってきたのだ。
少尉の方の状況は特に変わらない、ということにもひとまず安堵する。
〚チカラ 欲シイ?〛
そして光が目の前に到達した時、声が聞こえた。
平坦な、人のようで機械音声のような声。
おおよそ感情のようなものは感じられない声が、俺に向けられている。
「ああ、くれ」
紛うことなき未知との遭遇。
しかし残念ながら俺には分かりあっている時間が惜しい。
ストレートに聞かれた事もあってストレートに要求を伝える。
力が欲しい、と。
〚イノチ 危険 ソレデモ───〛
「そこは大丈夫」
恐らくは危険性を説明しようとしてくれたんだろうが、スキップ。
悪いな、俺は取扱説明書を読まずにゲームを開始する男なんだ。
ベルガーンが大丈夫って言うんだから大丈夫なんだろう、そこは信じてる。
〚───手 ダシテ〛
僅かな間があって精霊は……精霊で良いんだよな?それとも神様って呼んだほうが良いんだろうか。
とりあえず目の前に居る赤い光は納得してくれたらしい。
言われるままに両手を伸ばす。
〚”ignis”〛
それは何かの呪文か、はたまたよろしくの挨拶か自己紹介か。
その声が聞こえたのと、視界が真っ白に染まったのはどっちが早かったのだろう。
何も見えず、そして何も聞こえず。
俺は突然、まるで世界から切り離されたかのような”無”に包まれた。
そんな中で唯一、身体に得体の知れない熱が流れ込んでくる感触だけを感じる。
燃え上がるような感覚、だが不思議と苦痛や嫌悪感はない。
もしかするとこれは力が湧いてきたとか、そんな感覚に近いのかもしれない。
そして徐々に五感が戻り始める。
俺を塗りつぶしていた”無”が剥がれ落ち始める。
ごく僅かな時間だったと思う。
もしかすると一瞬の出来事で、時間など経っていないかもしれない。
だがそれで、俺の全てが変わった。
身体のあちこちから魔力が溢れ出し、炎を形作る。
きっと今のオルフェーヴルは、火の巨人とでも形容されそうなほどに燃え盛っているだろう。
自分の目で見られないのが残念だ。
背中に魔力を回しバーニアを点火、勢いよく飛び出す。
見据えるのは一つ目、ただ一体のみ。
「リベンジマッチだこの野郎」