第九章:その32
少尉は間違いなく俺より強い。
軍属になる以前は傭兵として各地の戦場を転々としていたらしく戦闘経験が豊富、そして剣技のような戦闘術も魔法も超がつく一流と非の打ち所がない。
実際これまでに何度か少尉が戦っているところを見たが、まともに戦えていた相手はいなかった。
”闇の森”のドラゴンも再生能力さえなければ一人で普通に倒していたんじゃなかろうかとすら思う。
なんかすごい威力の良くわからん攻撃ぶっ放してたし。
そんな少尉ならば一つ目も───という期待があったことは否定しようがない。
少尉の姿を確認した時に「助かった」と心から思ったし。
だが現実には、今のところ少尉は少し苦戦しているように見える。
原因はたぶん光弾。
基本的に魔法障壁は魔力消費を抑えるため適宜出したり消したりするのがセオリーであり、少尉も例に漏れずその使い方を徹底している。
少尉は精度と強度が段違い、と聞いたことがあるがその辺りは俺にはよくわからない。
まあ間違いなく上手いんだろうなとは思う、ダメージ食らってるの見たことないし。
さておきその”一般的な使い方”は、さしたる準備動作もなく次から次に放たれる割に凄まじい威力を誇る”デーモン”の光弾と相性がすこぶる悪い。
というか何をどう考えても強力かつ理不尽極まる攻撃なので、問題にしない俺の方がおかしいんだろう。
一つ目もそれがわかっていると見えて、戦い方が俺の時とは明らかに違う。
バラ撒く光弾の量が明らかに多く、位置取りも遠い。
離れれば光弾で牽制し、近寄ればレイピアでのカウンターを狙う、そんな鬱陶しい戦法。
「なんか出来ることないかな……」
たぶん少尉はまだ様子見の段階で、本気を出しているわけではない。
あの手のマジで強い人たちは状況に応じてギアを上げることができるし、手札を隠し持っていたりもする。
少尉も、少なくともドラゴン戦で使った良くわからん強力な攻撃をまだ伏せたままだ。
そしてあれが少尉の唯一切り札というわけでもないだろう。
ただそれは一つ目も同じ。
奴もまだ流しながら様子を見ている段階のように見える。
そしてどれほどの力や技を隠し持ってるかは想像すらつかない。
総合力は少尉を上回っている、って可能性も普通にありえる。
俺の心境としては今すぐ加勢したい。
ただの囮程度にしか役に立たないとしても。
だが悲しいかな、俺ではその囮の役割すらこなせない。
唯一の取り柄だった魔法障壁が攻略された以上瞬殺されて終了の可能性が高いし、そうでなくとも足を引っ張るだけだろう。
なので俺は今動くに動けず、ただ歯がゆい思いをしながら戦いを見つめるとかいう情けない状態になっているわけだ。
『まだ戦う意思はあるか?』
そんな時、不意に投げかけられたベルガーンの問いかけ。
「そりゃまぁ……」と曖昧で弱い返事を口にしかけて、思いとどまる。
「何か手があるのか?」
この場面、俺に出来ることがもうないのならこいつは『あれに任せておけ』みたいな言い方をしてきたはずだ。
励ましたりとかそういうことはしてくれない。
それがわざわざ俺の意思を確認してくるということは、きっと何かがある。
『ある、安全と結果は保証せんがな』
「いつものことだろ、何か方法があるんなら使わせろ」
危険で最終的にどうなるかわからないのはいつものこと、というより戦うってのはそういうものだろう。
いやまあ俺みたいにズルして戦ってた素人が言うことではないかも知れんけど。
『貴様はいつも良くわからんタイミングで腹を括るな』
「照れる」
これは褒められてるのか貶されてるのか。
すげえ適当な相槌を打ったが、『褒めておらぬ』みたいな追い打ちは来なかった。
ということはまさか本当に褒められているのか。
いや呆れられている可能性もあるな、どっちだ。
『モントゴメリー』
『はっ、はいっ!?』
凹みきっていたテンションが戻り始めてくだらないことを考える俺をよそに、ベルガーンがセラちゃんに話しかけた。
実は今回、俺と契約してくっついているせいで、セラちゃんもギャラリー化している。
俺は背後から二人に見られながら戦っていたわけだ。
ちなみにセラちゃんには戦闘経験がないので代わりに戦ってもらうことはできない。
これは戦闘開始前に確認済みである。
今の反応を見るに、間違いなく自分が会話に加わることはないだろうと思ってたなこれ。
『空にいるあれらが見えるか?』
俺に向けてのものではなかったが、ベルガーンの言葉につられて空を見る。
もしかするとどこかを指さしているのかも知れないが、今現在ベルガーンは俺の視界にいないので頑張って探すしかない。
そして日食で暗く染まった空の中、ぼんやりと浮かぶいくつかの小さな光を見つけた。
そんなに強い光でもないため蛍っぽく、あと色とりどりなこともあって幻想的だ。
何なんだろうあれは。
『あれって……』
『あれらに力を貸して欲しいと伝えてきてくれぬか』
セラちゃんはあれが何なのか、すぐにわかったらしい。
ベルガーンは元から知っているっぽいので俺だけ仲間はずれ。
いや本当に何なんだあれ。
『ホソダさんに、ですよね。大丈夫なんですか?』
『此奴ならば問題ない、まず死にはせぬ』
そしてなんか物騒な話が始まった。
何で俺の生き死にの話になってんの?
いや戦うんだから当たり前と言われればその通りだけど、そういう文脈じゃないよねこれ。
あの蛍みたいなのに力を借りたら危ないみたいな話だよね。
『……わかりました』
セラちゃんはわかったらしい。
俺はわからない。
なんか微妙に俺だけ蚊帳の外だったせいで不安になってきた。
……大丈夫なんだろうな、俺。
意思確認か説明をお願いしたい、速やかに。
「なあ、何なんだあれって」
会話が終わり、セラちゃんの気配が離れていったのを感じながら空を指差す。
いつからあそこにいたのかはわからないが、まるで集団でこちらを窺うように浮かんでいる小さな光。
数はだいたい十前後といったところだろうか。
ベルガーンやセラちゃんの口ぶりから察するに、意思を持った存在なんだろう。
あれの力を借りれば一つ目とも戦えるようになるらしいが……本当に何なんだろう。
『あれは、精霊どもだ』
答えは、すぐに返ってきた。