第九章:その31
俺がこの世界で戦えていたのは、オルフェーヴルのチートじみた能力のおかげだ。
何しろオルフェーヴルには大体の攻撃が効かないのだ、そりゃ俺でも勝てるというか誰でも勝てる。
こんなのがゲームの敵とかで出てきたらクソボス扱いまったなしだろう。
俺を含めた多くのプレイヤーがコントローラーを投げると思う。
そしてその前提は今、きれいさっぱりなくなった。
「何で!?」
何で一つ目のレイピアがごく俺の魔法障壁を貫通したのかが全くわからない。
レイピアの一撃は「当たり前のように」と助詞をつけたくなるくらい普通に貫通して体に届いた。
攻撃自体は光弾の方が余程強く見えるので、もしかするとレイピアは何か特殊効果を持っているのかも知れない。
防御無効とかなら最悪だが一番それっぽいな。
《逃ゲないデ》
「無理ィ!!」
とりあえず距離を取ろうと後や左右に飛ぶが、一つ目が距離を開けさせてくれない。
レイピアの間合いを維持したまま、矢継ぎ早に攻撃を繰り出してくる。
そしてその度に響くガリガリという嫌な摩擦音。
車の運転中に聞こえたら絶望する音が何度も何度も俺の鼓膜を震わせる。
魔法で動体視力が強化され、なおかつオルフェーヴルが自分のイメージ通りに動くためなんとかギリギリで掠める程度で済んでいるが、避けきれないということは相手……一つ目の方が強いということだ。
というか動体視力が強化されててなお、一つ目のレイピアの軌道はすこぶる見難い。
ただでさえ細い上に刀身が真っ黒、日食で薄暗くなっているこの場では視認性が完全に死んでいる。
目が強化されてなかったら見難いを通り越して全く見えなかっただろう。
ついでに一撃一撃が速くそして鋭いというのも嫌だ。
なんかこう構えの僅かな隙間に滑り込んで来るのがマジでゾワッとする。
たぶんこのゾワッとは死の恐怖だ。
「どうしたら良いんだゴブッ!?」
そしてついに一発、全く見えず反応もできなかった一撃が腹に入った。
強い衝撃で身体がくの字に曲がり、脚が地面から離れ浮き上がる。
そしてどうやら俺は後ろに吹き飛ばされているようで、突きを繰り出した体勢のまま動かない一つ目が徐々に離れていく……。
これらの情報がやたらとスローモーションで鮮明に、脳に流れ込んでくる。
人間の脳は危機的状態に陥るとフル回転で解決策を探すらしく、それで過去の記憶も参照するので走馬灯を見るとか聞いたことがある。
今の俺はまさしくそんな脳が頑張っている状況なのだろう。
凄いスピードで浮かんでは消える様々な映像や思考の中から、必死で何かを探す。
───体勢を整えよう。
ひとまずそんな結論に至り、背中や肩のブースターに魔力を流した。
パン、パンと数度乾いた音が響いた後、なんとか持ち直した俺は後ろに滑りながらなんとか着地に成功。
一つ目との距離は大きく開いた。
戦闘開始前よりも離れているような気がする。
《丈夫ダね》
一つ目の感心したような言葉に腹部を見れば、そこには蜘蛛の巣状のヒビ。
食らった時の衝撃は凄かったが、どうやら貫通まではしていなかったらしい。
一撃で終わるようなダメージではなかったこと、そして一つ目との距離が開き追撃もしてこないことに安堵した俺は大きく息を吐く。
今まではまともに呼吸ができていたかどうかすら怪しいため、ようやくつけた一息だ
「どうしたら良いんだこれ……」
そして先程最後まで言えなかった言葉を口にしてみたら気分が沈んだ。
一方で心臓の方はご機嫌なビートを刻んでいる、苦しいので少し落ち着いてくれないだろうか。
状況は悪く、打つ手が浮かばない。
これまでの自分がいかにスペックのゴリ押しだけで戦ってきたかを思い知らされる。
スペックが通用しない相手に対してはご覧の有様。
まともに反撃することもできやしない。
「交代」
不意に背後から声が聞こえた。
そして振り返ろうとした俺の横を、銀色の光が通り過ぎていく。
それが誰かは確認するまでもない。
ただ、来てくれたことに安堵したいから確認したかった。
我ながら情けない行動指針でもって、その銀色の光を目で追いかける。
そして剣とレイピアが───少尉と一つ目がぶつかり合うのを視認した時、俺はその場にへたり込みそうになった。