第九章:その30
俺が一対一、いわゆるタイマンで戦った経験はこの世界に来てからの数度のみ。
元の世界では喧嘩すらしたことがない程度にはそういうことは無縁だったので仕方がない。
そのただでさえ少ない経験の中で、今回のような命のやりとりとなると”死の砂漠”で”デーモン”とやり合った一回だけとなる。
学生連中との決闘はどう考えてもお遊びみたいなもんだったし、他はタイマンとは言わんだろうってものばかり。
戦闘に対する心構えや実技は一応授業で習っているが、入学から夏休みまでの短い期間週に数回習った程度で「大丈夫です自信があります」と言えるほど俺の自己評価は高くない。
ついでに成績も良くない。
つまり現状俺は経験もなければスキルもない、ないない尽くしで本番に挑むこととなっているわけだ。
ついでに覚悟とかもないし、勝てる要素もない気がしてきた。
『力み過ぎだ、もう少し力を抜け』
「できたらとっくにやってるわ」
ベルガーンに言われるまでもなく、今俺はガッチガチに力んでいるというか緊張している。
以前”デーモン”とタイマンで戦った時はここまで緊張しなかったはずなんだが、たぶんあの時は勢いのままに戦えたせいだろう。
異世界にやってきてすぐだったし”魔法の杖”も召喚できてテンションが超高かった。
対して現状はテンションからして低い。
一つ目が放つ強そうなオーラは、体感的には”闇の森”で逃げる俺を追いかけ回したドラゴンに近いか下手をするとそれ以上。
ぶっちゃけ今俺は気圧されてると言っていい。
そんな状況で勢いだけで突っ込むのは、この世界に来てから存分に死の恐怖を味わった俺には無理すぎる。
「本当に今回は代わってくれないのかよ」
『今のところそのつもりはない』
何度か「アイツめちゃくちゃ強そうだからお前が戦ってくれ」とベルガーンにお願いしてるのだが、こんな感じで否定的な返事が返ってくる。
何かわからんが『貴様ならやれるやも知れぬ』と変な方向に目をやりながら言われた。
微妙に不確実な発言だし一体何を見て言ったのかが全くわからない、目をそらされただけの可能性もある。
もう一人の頼みの綱の少尉は……周囲を見た感じ、姿が見えない。
たぶん”魔法の杖”を召喚しにいってるんじゃないのかな、そうであってほしい。
さっきの爆発に巻き込まれたって事はないはずなので、早く戻ってきて助けて欲しいなあ。
『あの細剣には注意を払え』
「おう」
俺がベルガーンのアドバイスに短く返事をしたのと、一つ目の周囲に再び無数の光弾が浮かんだのはほぼ同時。
身構えるのと光弾が飛来するのでは……たぶん光弾の方が早かった。
「ぬおおおおお!」
意味があるかは大変怪しい、というかたぶんないだろうけどとりあえず叫ぶ。
気合を入れたら障壁が強くなったりとか、突然俺の才能が開花して強くなったりとかは期待するほうが間違っている。
俺は今叫びたいから、叫ばないとやってられないから叫んでいるだけだ。
そしてその声もすぐに爆音にかき消されて自分の耳にも届かなくなる。
相変わらずすげえ威力の爆発だ、しかも量が多い。
これを避けずに耐えようとするのは俺くらいだろうし……こっちは自惚れなんだが、実際それで耐えられるのも俺くらいのものではないかと思う。
よし、さっきよりはよっぽど冷静だ。
やはり「さっきは耐えられた」という実績は大きい。
そしてそのことは一つ目もわかっているはずだ。
レイピアを構えてたのに馬鹿の一つ覚えみたいに光弾ばっかり放ってくるタイプだったら別だが、そんなことはありえないだろう。それはいくらなんでも奇行がすぎる。
となると光弾は牽制か目眩まし、というのは素人の俺でも想像がつくことだ。
目が灼けないことを祈りつつ、光の向こうに目を凝らす。
この光量を直視できるんだから魔法による補正ってすげえな。
『来るぞ』
そしてベルガーンの言葉から一拍ほどの後、光の向こうに揺らめく闇が見えた。
見えた理由は俺が目を凝らしたからか、あるいは”それ”の存在感からか。
いずれにしても爆発の残光を切り裂いて闇のような色をしたレイピアが迫り、俺は身を捩ってそれを躱そうとした。
何故避けたくなったのかはわからない。
わからないが───その選択が正しかったというのは、直後に判明した。
響いたのは酷く耳障りな音。
硬い物と硬い物が擦れ合うような音だった。
「はぁ!?」
思わず声が裏返る。
信じられないし信じたくない、意味のわからないことが起こった。
それはレイピアが俺を、オルフェーヴルを掠めた音。
つまり、一つ目の攻撃が俺の魔法障壁を貫通したのだ。