第二章:その3
暇との戦いは苛烈を極めていた。
思い出したように筋トレをやってみたり、絵心など生まれたときから持ち合わせていない俺が絵に挑戦したり……。
まあどれもこれも早々に投げ出したんだが。
暇ってこんなにも強敵だったんだな。
思念体なせいで壁も無視できるベルガーンは隔離を全く意に介さず、好き勝手うろうろしているのが最高に腹立つ。
俺も思念体になってうろうろしたいんだが、幽体離脱的な魔法ってないんだろうか。
まああろうがなかろうが、教えてくれそうな奴がどこかに行ってしまってるんだけどな。
このままでは寝るしか選択肢がなくなるが、”死の砂漠”を抜ける際にガッツリ寝てしまったことが原因で現在は睡魔も退席中。
そんなこんなで俺は孤立無援、絶望的な戦況にある。
まあそんな精神状態なので晩飯の時間になったときはもう自分でもビックリするくらい喜んだ。
運んできた人が若干引いてたくらい……若干だったと思う。
若干であって欲しい。
「これがあとどのくらい続くんだ……」
結果が出るまで一日二日くらいではないかと言ったのは少尉であって、実際に検査をしている連中ではない。
もしかしたらもっと長くかかるかもしれないのだ。
「明日聞いてみるか……」
これで「一週間くらいですかね」とか言われたら絶望で心がお亡くなりになる可能性があるが、それでも聞かないよりはマシだろう。
もしかしたら思ったより早く解放される可能性も一応存在はするんだし。
そんなことを考えながらベッドに寝そべり、そして暇すぎて天井のシミを数える虚無状態に入った俺は、不意に聞こえたコンコンという音で現実に引き戻された。
「……何だ?」
音のする方には、窓がある。
念を押すが、あるのはドアではなく窓だ。
ちなみにこの部屋は三階にある。
───ゾワッとした。
ベルガーンは……まだ帰ってきてない。
よって窓を見に行ってくれる奴はいない。
念のために言っておくが、断じて俺は怖がっているわけではない、警戒しているのだ。
日が落ちてから三階の窓をノックする奴にまともな奴はいるだろうか、きっといないと思う。
俺が見に行かないのは防犯意識からだ、断固としてそう言い張ろうと思う。
というかあとは風の可能性もあるよな。
気のせいという可能性もある。
よし、見に行く必要はないな。
もういっそ何も聞こえなかったことにしようか。
俺は寝ていたため聞き逃した。
そういうことにしておくのがきっと一番丸く収まるな。
決定!決定しました!
俺は素早く布団に潜り込み、窓に背を向け目を閉じた。
繰り返しになるが、断じて怖くてこうしているわけではない。
『おい、客が来ているぞ』
そんな俺の予定は、とんでもないタイミングで帰還したベルガーンによって覆された。
何でよりによって寝ようとしたタイミングなんだよ。
もう少し早くするか遅くするかしろ。
「客って?何がいるんだ窓の外」
『貴様は一体何に怯えているのだ?』
質問に質問で返すな。
というか質問の前提が失礼だと思う。
俺は断じて怯えてなどいない。
ただちょっと布団からでるのが億劫なだけだ。
とはいえさすがに布団に包まったまま会話するのは、いくらベルガーン相手とは言え失礼かも知れない。
おずおずと布団から首だけ出してそちらを見たところ、ベルガーンが不思議な表情……何か意外なものを見たかのような顔で窓の外を見ている。
何故だかわからないが、その顔を見た時俺はとても嫌な予感がした。
『入ってきて構わぬ』
「何を言ってやがるんですかお前」
そして予感は当たった。
何で入室許可出してんだよ。
三階の窓をノックする奴とか、怪異か不審者のどっちかじゃねえか。
どっちにしろ会いたくねえわ。
……ってちょっと待った。
「お前、なんで話しかけ───」
言い終わるより先、カチャリという音が部屋に響いた。
それは、窓の鍵が開いた音。
誰も触れていない、触れようがないはずのものが、ひとりでに動いたのだ。
「よいしょ」
次に聞こえたのは窓が開く音と、若い女の子の声。
そうしてまず脚が見え……ゆっくりと窓枠を乗り越えて、緑色のローブを着こんだ小柄な人物が室内に現れる。
「お邪魔しまーす」
侵入者は少女だった。
年の頃は高校生くらいだろうか。
明るい茶色の、少しウェーブのかかった髪を後ろで束ねた可愛らしい女の子。
それが、快活を絵に描いたようないい笑顔を浮かべて立っている。
「え、何でそんな全力で布団にくるまってんの?めっちゃビビってない?」
そして彼女が俺の姿を見ての第一声はそれだった。
そして、吹き出すように笑いだす。
遠慮など微塵もなく、俺を見てケラケラと笑う。
『先程まではこれの比ではなく怯えていた』
「マジで?ウケんだけど」
ベルガーンはというと、呆れている。
もう何度向けられたかわからない表情で、俺を見て呆れている。
やめろ、そんな目で俺を見るな。
「というか……見えてるのか、ベルガーンのこと」
先程からベルガーンは、明らかに少女に向けて言葉を投げかけている。
これは俺が知る限り少尉以外にはやっていない、つまり自分のことが見えている奴にだけやる行動だ。
そして少女も、それに対して普通に反応を返している。
「おじさんベルガーンって言うんだ」
『うむ、魔王ベルガーンである』
「すげえ、おとぎ話でしか聞いたことない肩書きだ」
何だこいつ。
何なんだこいつら。
二人の間に意思疎通が成り立つのはいいんだが、打ち解けるのが早すぎやしないだろうか。
「そっちの布団マンは?」
「誰が布団マンだ」
「え該当者一人しかいなくない?」
少女からはどうしようもなく陽の者の気配がする。
俺が苦手とする人種の気配がする。
「細田隆夫」
「アタシはメアリ・オーモンド。よろしくねタカオ」
メアリと名乗った少女には、明るいとか眩いとかそんな形容詞がよく似合う。
何かに例えるとしたら太陽とか向日葵とか、そんな感じだろうか。
そんな子が人に好かれる、人に元気を与えそうないい笑顔を浮かべて俺を見ている。
だが、何故だろう。
───”暇”という強敵に続き、新たな難敵が現れた。
そんな妙な予感がするのは、何故なのだろう。