第九章:その27
シュボッとかそんな音とともに篝火が灯る。
誰が火をつけたとかでなく勝手に、次から次へと。
「おお」
感嘆したとしか言いようがない。
”神喚び”のメインイベントが行われる中央広場、その中心に設置されている祭壇に向けて並ぶ篝火が次々と灯っていく様はまさしくファンタジー。
ゲームなんかでもよく見る演出だが、こうして生で見ると感動すら覚える。
「……なんか火の色、ヤバくね?」
強いて難点……というか懸念を挙げるとすれば、火の色がやたらと毒々しいこと。
火の色は黒とか紫でやたらと暗く、事前に聞いていた神々しいとかいう評価とは全くの無縁。
ぶっちゃけ敵、それもイベントボス系が出てくる演出にしか見えないんだが大丈夫なんだろうかこれ。
ついでに言うと灯るタイミングもだいぶ早い気がする。
今は昼過ぎ、照明が必要なタイミングでもなければ開始間近というわけでもない。
ただまあ周囲が明るいせいでやべえ色の炎がめちゃくちゃ映えているので、そういうものなのかもしれないが……。
『私がいた頃は……こんな色ではなかったはずなんですが……』
なんということだろう、セラちゃんも不安そうにしているではないか。
そして周囲の人々の反応もまた、明らかな困惑。
警備員らしき人たちが「なんで点いたんだ……?」とか「色おかしくないか……?」などと話しているのも聞こえる。
これはもう第六感に頼るまでもなく確定だろう。
何かトラブルが起こったのだ、それもたぶんろくでもないやつが。
「これやべぇ奴だよな?」
『何が起こるかはわからぬが、間違いない』
俺の問いに即答したベルガーンは、いつもよりも剣呑な顔で空を見上げていた。
つられて俺も、他の皆も空を見上げる。
先程まで晴天だった空が陰っていた。
太陽を隠したのは雲ではなく───真っ黒な円形の何か。
それがまるで皆既日食のように太陽を侵食し、光を奪っていく。
「あれって”闇の森”の……」
ヘンリーくんの呆然とした声。
俺たちはこの空を知っている。
”闇の森”の奥にあった街を覆っていた、まるで明けない夜のような空だ。
当たり前だがいい思い出は全くない。
地上では人間のゾンビに追い掛け回され、空ではドラゴンゾンビに追い掛け回され……どっちも死ぬかと思ったわ。
嫌な予感は先程よりもさらに強くなった。
もはやこれは警報レベル、俺の本能的なものが全力で「逃げろ」と言っている。
「失礼、帝国軍の者です」
声のした方を見れば、少尉が周囲にいた警備員らしき人に身分証を見せながら何事か説明をしていた。
少尉自身の表情はいつものダルそうなものではなく真剣なもの。
緊張感に満ちた軍人の顔だ。
「皆さん!ひとまず儀式は中止です!急いで広場から離れてください」
そしてそれを受けた警備員たちが、明らかに慌てた様子で次の行動に移る。
大声で周囲のお客に避難を呼びかける者、通信端末でどこかに連絡をする者。
恐らくこれはあらかじめ決まっている、非常事態が起こった際の行動だろう。
そんな動きをせざるを得ない状況になっているのだ。
避難を指示された客たちが不安そうな表情を浮かべながら広場の外へ向かっていく。
パニックになっていないのは、微妙にゆっくりしているように感じるのはまだ何も起こっていないからだろうか。
空とか篝火とかは露骨にヤバいけども、まだそれだけだし。
「少佐から連絡があって、儀式魔法の構造が変えられてたらしい」
そんな周囲を尻目に、ようやく少尉が俺たちに事態を説明してくれた。
詳しい説明は省かれたが、要するに本来発動するはずの儀式魔法とは違う代物が発動した結果が今の状況らしい。
「それだいぶヤバいんじゃ?」
「まあ、そうだろうね」
説明している間も少尉はずっと周囲をキョロキョロと見回している。
何が起こるかは少尉にも、現在どこかで儀式魔法の解除作業中のロンズデイルたちにも分からないらしい。
いつもはこういう時頼りになるベルガーンにもわからないのだから仕方がない気もする。
───それ、俺たちも逃げたほうが良いんじゃ?
そんな答えの分かりきった問いかけをしようとした瞬間、俺はそれに気付いた。
広場の中心、”神喚び”のための祭壇の上空。
その空間が歪んでいく。
「皆様、アレを」
同様にそれに気付いたウェンディがそちらを指さした先。
歪んた空間の中から染み出してくるように、徐々に違う景色が、違う空が広がっていく。
まるでこの町と、違う世界が繋がったかのような光景。
俺たちはその繋がった先、”向こう側にある世界”を知っている。
誰も、何も言わない。
あの世界に関しても全くいい思い出がないのだから当然だろう。
暗い闇と満天の星空。
それはまさしく、俺たちがかつて迷い込んだ”狭間”の空だった。