第九章:メアリ・オーモンドと儀式魔法2
その後一行は二手に分かれて探索へと向かうこととなった。
一方へは指揮官と兵士たち、もう一方へは双子の獣人とメイドと令嬢が、それぞれ令嬢によって指定された二箇所に向かう。
そこに何があるのか、そもそも本当に何かあるのかどうかすら判然としない。
それでも皆「恐らく何かろくでもないものが出てくるだろう」という予測のもとに行動している。
例外がいるとすればそれは図らずも方針を指し示した令嬢その人のみ。
彼女だけが半信半疑、自身の感覚を信用しきれない。
「メアリ様、大丈夫ですか?」
そんな令嬢に対し、メイドが気遣いの言葉をかける。
大きなマイナスの感情は、どうしても顔に出る。
貴族のパーティーのように緊張感のある場であれば取り繕うこともできたろうが、この帝国七不思議部という場所は令嬢にとってあまりにも居心地が良く、気楽でありすぎた。
ここではどうしてもプラスとマイナスを問わず思いを隠すことができない。
「お疲れでしたら少し休みましょうか」
「疲れたとかではないんです」
否定の言葉にも、力はない。
出処のわからない知識と感覚に頼っているというストレス。
それは”闇の森”の都市で儀式魔法を解除した際に感じたのと同じ。
どうしようもない不安、あるいは不快感のようなものがとめどなく湧いて出てくる。
───この記憶は果たして誰のものなのか。
そんな答えの出ない疑問は、”闇の森”では魔王の言葉で振り払われたが……それは解決ではなく一時的なもの、先送りにすぎなかったようだ。
あれ以降令嬢は誰にも、魔王にすら何も相談していない。
答えを必要としながら、答えにたどり着くのが怖かった。
自分のルーツについて考えることが怖かった。
周囲の人間もそれについて一切触れることはなかった。
皆問われれば答えを返しただろう。
皆愚痴を聞けば励ましただろう。
だがそうはならなかった。
令嬢の心の繊細な部分に進んで踏み入ろうとする者はおらず、令嬢自身も”我慢”してしまったが故に。
彼女の周囲にいる人間は優しかった。
だが皮肉にもその結果として今の苦悩がある。
「「このあたりか」」
そうこうしているうちに、一行は目的地付近に到着していたらしい。
思考の沼に沈んでいた令嬢の意識が、双子の獣人の声で浮上する。
そこは住宅地の裏手、廃屋や小屋が点在する場所。
一応道らしきものはあるが、周囲の草は伸び放題。
ほとんど人が来ず、そのため人の手も入っていないというのが容易に想像できるような空間。
令嬢にわかるのは「このあたり」ということまで。
何かが仕掛けられているとしてもその正確な位置はわからず、そもそも本当に何か仕掛けられているかどうかすらわからない。
少し途方にくれる。
せめて何があるかさえわかれば、と。
「血の匂いがするね、兄さん」
「人間の血の匂いだな、弟よ」
そんな懸念をあっさりと吹き飛ばしたのは双子の獣人の言葉。
彼らはキョロキョロと辺りを見回したかと思うと、迷わず一軒の廃屋に向かって歩き出す。
今にも崩れそうなその木造の建物は小屋としては大きいが、見る限り家屋のような構造はしていない。
過去に鳥や牛といった何かしらの家畜を飼っていたか、大きな農機具がしまってあったか。
おそらくはそのどちらかだろうと予想される建物の、錆びた鉄でできた扉を双子の獣人が開く。
「「───メアリ・オーモンドは中を見るな」」
錆びた金属がこすれ合う嫌な音が止み扉が開ききった時、彼らが振り向くことなく令嬢に投げかけた言葉がそれ。
声は普段と変わらない平坦なもの、だが何か良くないものが出たというのはわかった。
「大丈夫です」
───役に立ちたい。
そんな意思とともに歩みを進め、双子の獣人の間から建物の中を見た令嬢は───少しだけ、固まった。
広い、割れた木材や枯れ草が散らばる床のない建物の真ん中。
穴の開いた屋根から差し込む光に照らされるように、それがある。
これまで七不思議部でした様々な経験がなければ、令嬢は嘔吐していたかもしれない。
血のような赤で描かれた魔法陣の中心。
椅子に縛り付けられ、袋を被せられ俯く一人の人間の姿。
服を、地面を赤く染めるほどの血を垂れ流した形跡があるその人物は明らかに死んでおり───
どう見ても、生贄だった。