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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第九章:一般人男性、祭を巡る。
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メアリ・オーモンドと儀式魔法

「「なるほど、これがこの街に張り巡らされている儀式魔法か」」


一枚の図面を見下ろしながら、双子の獣人が頷いた。

言葉のタイミングも同じなら首肯も同じタイミング、ただ双子というだけでこうはなるまいというほどに重なった挙動。

そのシンクロ具合には何か理由や秘密でもあるのだろうかと興味が湧いてしまい、令嬢の視線は本来見るべき図面よりも双子の方に向く。

だがさすがにそれどころではないと一度首を横に振り、彼女は再度図面に視線を落とした。


時刻は七不思議部一行が芸術作品展を眺めていた頃。

場所は”神喚び”を主催するグループ───実行委員会とでも呼ぶべき者たちが本部としている建物の中。

その一角にある机とそこに広げられた大きな図面を令嬢、双子の獣人、メイド、指揮官の五人が取り囲み見下ろしている。


「これ自体が珍しい儀式魔法だけれど不安になる要素は見当たらないね、兄さん」

「そうだな弟よ、さらに言うなら実用性もない」


図面に記されているのはある儀式魔法の構造式。

この町に古くから伝わり、一年に一度”神喚び”の際に設置され発動するという長い長い伝統を感じる代物。

本来は門外不出の術式であり部外者が目にすることはまずありえないのだが、今回は閲覧の許可があっさりと下りた。

さすがに実行委員会も、帝国正規軍の部隊からの緊急という前置きのついた要求に逆らえる立場にはないらしい。


今現在その実行委員会の面々は遠巻きに、果たして何があったのかと不安や興味のこもった視線を令嬢たちに向けている。


とはいえ双子の獣人が断言した通り、この儀式魔法に用いられている術式にも効果にも特筆すべきものはない。


「自然の魔力を循環させ質を変える、か。確かに珍しいがそれだけだな」


責任者からの説明を受け、そしてその通りの効果が発揮されるという分析を確認した指揮官が抱いた感想もその程度。

門外不出にするほどに貴重、あるいは危険な代物では断じてない。

秘匿されているのは祭りの神秘性を高めるためといったところだろう。


自然界に満ちる魔力と生物の中に流れる魔力は、微妙に質が異なる。

何故そういった差異が生じるのかなどは判明しているし、その差異が「人が魔石に魔力を込めれば”ワンド”に、自然界の魔力が魔石に流れ込めば魔獣に」という違いを生むこともわかっている。

変換する方法論も、既に確立されている。

そしてその方法は特別なことでもなく、やろうと思えば学生でも再現可能なもの。

”神喚び”の儀式魔法は、ただそれを大規模にしただけのこと。


謎があるとすれば「何故わざわざそんなことを」という点くらいのものだろうか。


「何か気になるところはありますか?」


一定の結論が出たところでメイドが令嬢に水を向け、それとともに周囲の視線も令嬢に集まる。


この場で求められているのは責任者による説明でも、双子の獣人の知識でもない。

令嬢の感性だ。


一人の少女の勘を頼りに軍や学者が動いているというのは、奇異としか言いようのない状況ではある。

だが彼らは”闇の森”での体験からそれだけの価値を見出しているのだ。


その方向性に不安を抱いている者がいるとすれば唯一、他ならぬ令嬢自身。

明確な根拠など欠片もないただの勘で多くの大人を振り回していることに対する罪悪感に近い感情が、どうしても浮かぶ。


図面に記された儀式魔法には何の問題もないというのは彼女にもわかるが、何かが引っかかっている。

たがその”何か”がわからない。


あまりにも漠然とした、それでいて確信じみた感覚がある。

意見を求められている状況でこれは、最悪に近い。


「えっと……」


───とりあえず現在感じていることだけでも伝えよう。


そう思い口を開きかけた令嬢は突然、強い頭痛に見舞われ───その瞬間、図面に描かれた儀式魔法に何かが上書きされて見えた。


それは、この儀式魔法の改変方法。

ごく僅かな付け足しで、この特筆すべきものが何も無い儀式魔法を危険極まる代物に変質させる方法論。


無論令嬢はそんなものを学んだことはない。

何かで目や耳にする機会があったということもない。


それでも、彼女はそれを知っている。


「ここと、ここ」


図面の一角、本来ならば何も無いはずの場所を二箇所指差す。


「何か、あるかもしれません」


どんな改変がなされているのかはわからない。

その改変の結果どうなるのかもわからない。


だが「早く何とかしないと酷いことになる」ということだけはわかる。


もしかすると体調不良からくる妄想、幻覚の類なのかも知れない。

むしろそうであったほうが幸せだったろう。


不安と、焦燥。


どうしようもないマイナスの感情が、令嬢を苛んでいる。



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