第九章:その26
火の鳥、水の蛇、風の……何だこれ。
草木を巻き上げる突風の中に何かがいる絵なんだが、その何かが俺の語彙では表現できない。
たぶんこの世界固有の何かなんだろうけども……
仕方がないので風の精、風の精ということにしよう。
とりあえずこの絵を”風の精”と表現してしっくりくる程度には、どれもこれも精霊っぽさがある。
形あるものが属性を纏っているのではなく、属性が何かを形作っているとかそんな感じ。
八百万の神とかいう言葉があるくらいには存在のバリエーションがやたらと豊富な日本でも、たぶんこれらは神じゃなく妖怪とかに分類される。
「これがこの世界の神だ」と言われたら反論のしようがないが、どうやらそういうわけではないようだし。
ベルガーンの感覚的にもどうやら”精霊”の方がしっくり来たようで、今セラちゃんと”神”と”精霊”という二つの種族の特徴を確認し合っている。
そして横で話を聞く限りはやはり、二つは似通っているどころか同一という印象を受ける。
『居場所を失い、名すらも捨てざるを得なくなった精霊どもが流れ着いたのがここだったのではないか』
それがベルガーンが出した結論だ。
確証はなく根拠にも乏しい、あくまでも想像でしかない。
でも俺も何となくこれなんじゃないかなと思う。
ベルガーンのいた時代、精霊族は他種族との関係がよろしくなかった。
それも反目し合ってたとかではなく、精霊族としては仲良くしたいのに他種族から忌避されるという悲しい関係性。
しかも話を聞く限り精霊族は特に悪くない。
彼らと”契約”して力を使えば死ぬ……そんな風評のせいだ。
契約して精霊の力を行使し、その結果自身の魔力を使い果たせば死ぬというのは事実。
だが精霊族は契約も力の行使も強要しないし唆しもしない。
風評の字面だけを見れば俺の世界でいう悪魔みたいな印象を受けるのは確かだが、行動指針は完全に別物と言い切っていいだろう。
ただ俺が精霊族に対して悪魔のような印象を持っていないのは、説明してくれたのがベルガーンだからだと思う。
あくまでも恐らくだが、ベルガーンは精霊族に対して悪感情を持っていない。
むしろ良好な関係だったというのは言葉の端々から容易に想像することができる。
人間以外の様々な種族で構成されていたらしいこいつの国で精霊族も暮らしていた……仲間とか臣下とか、もしかするとそんな感じだったのかも知れない。
もしそんな関係性とは真逆、悪感情を持つ者からの説明だったら俺も精霊族に忌避感を抱く羽目になっていただろう。
悪い話を聞いて忌避感を抱く者が生まれ、そしてその者がまた新たに風評を伝え……というのが流れとして続いた結果、精霊族の放逐があったのだろう。
俺の世界でもよくある流れだが、よくあるだけにむしろ悲しい。
セラちゃんもかなり悲しげな顔をしている。
きっと”神”と彼女の関係も良好だったんだろうな。
普通に”神”と会話できていたセラちゃんの時代と、ただ姿を現したのを眺めるだけになった現在。
ここに至るまでのどこかに、”神”と住民が話せなくなる原因となる出来事があったのだろう。
それも誤解とかが原因なのだろうか。
なんかマジで悲しくなってきたな。
『話しかけてみると良い、喜ぶやもしれぬ』
そのベルガーンの言葉は、きっと優しさが込められている。
『そうですね、そうしてみます!』
だからセラちゃんもその言葉を前向きに受け入れた。
ベルガーンは学生連中に対して優しい。
メアリとはよく話しているし、ウェンディやヘンリーくんには口頭でできる範囲で武芸を教えている。
優しくないのは俺に対してくらいだ。
いや何で俺には厳しいというか冷たいんだよ、一番優しくしてくれよ宿主だぞ。
さておき、話しかけてみるというのは俺もいい考えだと思う。
”神”あるいは精霊族の寿命がどんなものなのかは全く知らないが、もしかすると代替わりしてなくてセラちゃんの顔見知りとかもいるかも知れないし。
そうすればベルガーンの言う通り喜ぶかも……いや喜んで欲しいな、セラちゃんのためにも。
『もし意思疎通が可能であるなら、余も奴らに問いたいことがある』
ベルガーンにとっては、こっちが本題なのかも知れない。