第九章:その25
”神喚び”本番当日、俺たちは広い建物の中に設置された展示スペースにいた。
街の中央にある広場に祭壇が組まれ、その周囲に屋台が立ってたり催しが行われていたりするのだがそのうちの一つだ。
この建物は公民館とか体育館とかそんな感じなのだろう、だだっ広い空間の板張りの床がワックスで光ってるので間違いない。
いやまあ実際ワックスなのかはわからないけど。
スペースで展示されているのは”神喚び”の影響で芸術に目覚めたという触れ込みの連中による作品なのだが……なんというか想定より数が多い。
そして作品自体も想定より凄い。
絵画に彫刻に石像、展示されている作品は多種多様だが一つ確実に共通しているものがある。
それはズバリ”勢い”だ。
……俺の貧弱な語彙のせいでこんな微妙な表現になってしまった。
詳しい人、ボキャブラリーが豊富な人ならもう少しマシな感想になることだろう。
なんか悲しくなってきたな、俺には芸術を批評する才能がない。
批評で食ってる人ってほんとすごいな。
ともあれ、マジで勢いはすごいと思う。
例えばこの両腕に炎の翼を生やした、空を舞う人型の何かの絵。
この作品、色使いがド派手なこともあるが絵から熱すら感じるほどだ。
正直何を描いてるのかはさっぱりわからないが、これなら根強いファンがいるというのも頷ける。
他ならぬ俺がファンになりそうだし。
「メアリも来れば良かったのになあ」
不意にそんな言葉が口をついて出た。
メアリは公爵令嬢としての教育の賜物なのか本人の趣味なのかはわからないが、けっこう芸術作品を好むし詳しい。
また自分で描いたり作ったりも得意という、才能と呼んで差し支えのない特技も持っているのでこういう場は間違いなく好きだと思うのだが───そんな彼女は、この場にいない。
「確かにご一緒に回りたかったですわね」
「ッスねえ」
ウェンディもヘンリーくんも残念そうだ。
セラちゃんも同じような顔をしている。
口にこそ出さないが寂しいのだろう。
メアリは今朝突然「いい機会だから色々勉強してくる!」などと言い出してダブルジョン、アンナさんとともにどこかに行ってしまった。
何でもこの”神喚び”は本物の、それも珍しいタイプの儀式魔法が設置されているらしくそれについてダブルジョンたちと学んでくるということだったが……それ今日じゃなきゃ駄目だったんだろうか、と思う。
まあ確かに発動するのは一年のウチで今日だけではあるらしいが。
これまで七不思議部で活動する際は必ず、何ならそれ以外の時間でも俺の隣にはメアリがいることが多かった。
学園に入学してからは特に……というか出会ったのがこの世界に来てすぐだったからずっとそうだな。
しかも存在感もバリバリにある奴なので、いないとどうにも物足りないというか寂しい。
何かが欠けた気分である。
そんな俺たちを尻目に、少尉は心底どうでも良さそうにしている。
まあ彼女には関係ないしこの態度自体いつものことだ。
ベルガーンは……と思ってそちらを見れば、けっこう食い入るように絵画を見つめていた。
メアリどころじゃない感じだなこれは。
「お前こういうの好きなのか?」
『余の時代にはなかったもの故、興味深いのは確かだ』
なかったのか、と思ったがベルガーンがいた時代は二千年以上前だもんな。
しかも最低でもそれくらい、というだけで何万って可能性すらある。
俺の世界でもそんな昔に絵画はない……たぶんだけど。
もしかすると俺が知らんだけであったのかも知れないが、少なくとも現代まで遺ってはいなかったはず。
そのくらいの時代の絵として遺っているのはせいぜい壁画くらいだのものだ。
『ここに描かれているものが”神”、という認識で合っているか?』
『はい、そうです』
姿形に差異があったり完全な創作だったりもするらしいが、セラちゃんによればここにある作品群のモチーフはこの近辺で”神”と呼ばれる存在で間違いないとのこと。
なんというか、俺の世界でいうところの”神”とはだいぶ違う。
強い存在感はある。
神秘的、という表現も当てはまる。
ただこれらを種族とするなら、もっとふさわしい……そんな気がする言葉がある。
そしてその言葉を、俺はこの世界で聞いている。
それも、ごく最近に。
『もしかするとこれは”精霊”やも知れぬ』
そう”精霊”だ。