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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第九章:一般人男性、祭を巡る。
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第九章:メアリ・オーモンドとアンナ・グッドウッド

胸騒ぎと共に目が覚めた。


キャンピングカーの天窓からは星空が見え、隣からは武姫の静かな寝息が聞こえてくる。

周囲の状況を確認し、令嬢はようやく今がまだ真夜中であることを理解した。


口の中が渇く。

心臓の鼓動が早い。


まるで悪夢を見たあとのような有様だったが、令嬢は直前まで悪夢どころか何か夢を見ていたような記憶はない。

彼女の心のなかにあるのは不安、漠然とした強い不安であった。


隣の武姫を起こさぬように気をつけながら、静かに身を起こす。

そして水でも飲もうとドアを開けた令嬢の目に入ったのは、小さな灯りをつけて何か作業をするメイドの姿。


キャンピングカーの細長い車内で、令嬢と武姫が寝ていたのは最後部にあるベッドルーム。

対してメイドがいるのは運転席側、テーブルを囲むようにコの字の椅子が備え付けられた場所。

令嬢の視界にメイドが入ったのなら、当然メイドの視界に令嬢が入る。

薄明かりに照らされた空間で、二人の目が合う。


「どうかなさいましたか?」


問いかけるメイドの顔には何の表情も浮かんでいないが、声音には優しげな柔らかさがある。

当初こそ面食らい取っ付きにくさを感じたものの、令嬢はこの特徴的な表情筋を持つメイドにもすっかり慣れた。

今では彼女に対して、実家に仕えているメイドたちと同等の信頼を寄せているほどだ。


「水を飲もうかと……」


答えながら令嬢は、逆にメイドこそ何をしているのかと気になった。

テーブルの上に置かれているのは数枚の紙、そしてそれとは別に数冊のノート。

まるで学生がレポートを書いているかのような光景だが、メイドは当然ながら学生ではない。


「私は王宮に提出する報告書を仕上げておりました」


問いかける前に、メイドからの説明。

恐らくは令嬢の視線から何を問いたいのか察したのだろう。


令嬢ら七不思議部メンバーはある意味気楽な学生旅行だが、それを取り巻く大人たちはそうではない。

それぞれが属する組織から、任務という形で派遣されてきた者たちだ。

そうすれば当然、遭遇した出来事や現状を報告する必要が出てくる。

七不思議部のメンバーとは学内学外問わず長い付き合いとなっているメイドも、何もなければ週に一度、何かあれば即時王宮に対しての報告を上げている。

今手がけているのは、週に一度の定時報告の方だ。


ひとまず令嬢は「お疲れ様です」と頭を下げる。


メイドがこんな時間に作業をする羽目になっているのは間違いなく自分たちが原因だろうということは令嬢にもわかった。

日が昇っている間、ともすれば昇る前や落ちた後もメイドは何かしら動き回っているし、何か頼めばすぐに対応してくれる。

こんな時間しか作業に充てるタイミングがないのだろう。

申し訳ないなという感情も湧く。


「お茶でもお淹れしましょう」


ふとその作業を中断し、メイドが立ち上がった。


「えっ、大丈夫です」

「顔色があまりよろしくありません」


令嬢の遠慮を遮る有無を言わせぬ言葉。

どうやら先ほどの言葉は提案ではなく決定の通達であったらしい。


「……ありがとうございます」


ひとまず礼を伝え、促されるまま令嬢は空いている椅子に腰掛けた。

それと入れ替わるようにメイドがキッチンへと向かう。


書きかけの報告書は隠されることもなくただテーブルの隅によせられただけで放置されたまま。

自然と視線がそちらを向いた時に目に入ったのは「旅先での食事」という項目。


(こんなことも報告するんだ)


そこにはこの旅に出てからメンバーが食べた様々な食事について、好き嫌いや反応などが簡潔に書かれている。

よく見ているな、よく覚えているなと感心すると同時に微妙な気恥ずかしさと「何に使うんだろう」という疑念が湧く。


「旅先での献立の参考にいたします」


そして今回も、問わずとも答えが返ってきた。

メイドは今、キッチンでお湯を沸かしているところ。

どうやら彼女は作業中も周囲の状況を把握でき、また相手の視線の向きなどから思考が読めるらしい。


令嬢はその能力に感心し……そしてほぼ無意識ながら勝手に書類を見ていたことを慌てて謝罪する。

恐らくは見られても問題がないからこそ放置されたものだろうが、だからといって勝手に見ても良いという話にはならない。

結局咎める言葉はなく「大丈夫ですよ」と優しい声音で言われたものの、令嬢の中には子供がやるような失敗をしてしまったという気恥ずかしさが残った。


「アンナさんって凄いんですね」

「ありがとうございます」


彼女の中に「話題を変えたい」という気持ちがあったのは確かだが、賞賛自体は本心から。


帝国で貴族や商人などに仕えるメイドたちの多くは相応に能力のある者たちだが、王宮に仕えている者たちはその中でも特に優秀であるという話を令嬢は聞いたことがある。

彼女はこれまでの関わりでメイドのことを「確かに優秀そうだな」と思うことはあったが、今回はその優秀さ───戦闘力以外の部分が垣間見えた気がした。


「どうぞ」


目の前に温かな湯気が立ち上るティーカップが置かれた。

カップの中の透き通る黄金色の液体からはとても良い香りがする。

口にする前から心が落ち着く、そんな香り。

そして口にするとさらに少し、心に余裕が生まれる。

所謂「一息ついた」という状況だ。


「……変な、胸騒ぎがしました」


傍らで立ったまま控えるメイドに対し、令嬢は自身が感じている得も言われぬ不安について相談してみることにした。


明確な答えは得られずとも誰かに聞いてほしい内容だったが、そのためだけに武姫を起こすのは偲びない。

魔王やがこの場にいれば相談することができたろうが、生憎と彼は異世界人のいる車両に戻っている……と、思われる。

その行動について正確なところはわからない。


「”闇の森”に行ったときの感覚に似ている気がするんです」


あの時も令嬢は漠然とした不安に苛まれ、夜中に目を覚ました。

もしかすると、今回も外に出ればあの時同様に喪服の女が現れて何事か告げていくかも知れない。


「具体的に何に対して、というのはないのですね?」

「……はい」


令嬢が武姫を起こしてまで相談したくないと思ったのは、これも原因だ。

不安が、あまりにも漠然としすぎている。


同様の理由で、おそらく亡霊の少女がここにいても相談することはできなかっただろう。

こんな不確かなもので、彼女のあまりにも久方ぶりの”帰郷”に水を差したくない。


そんな中で信頼に足る人物、メイドが起きていたのは令嬢にとって幸いだった。

こうして心を落ち着けて言葉を交わすことができる場を用意してもらえたことも。


「少佐に相談してまいります」


だが返ってきた答えは、予想あるいは想定していたものではなかった。


「そこまでしなくても───」

「そこまでする必要があるのですよ」


メイドは強く、そう言った。


聞けば、指揮官や双子の獣人といった”闇の森”───特に屋敷内で令嬢と行動を共にした者たちにとって、令嬢の感じる「得体の知れない何か」は非常に重要視すべきものとなっているらしい。

そしてメイドもこれに同調し、自身も同じ考えだと述べる。

故に今回の突然降って湧いた不安感も今後の方針に影響を与えうるものである、と。


「もしかすると明日、皆様とは別行動してほしいという流れになるかもしれませんが」


令嬢は明日、他の七不思議部の面々とともに町を巡る予定だった。

亡霊の少女のための時間であり、令嬢にとっても楽しみだった時間。

そちらには同行せず、自分たちとともに調査に当たってもらうことになるかも知れないとメイドは言っている。

それで構わないかと、問いかけている。


「大丈夫です」


令嬢は迷うことなくそう答えた。


仕方なくではなく、強い意思をもって。

全ては、友人たちのためにと。


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