第九章:その24
翌日、遅めの朝ごはんもスケールズ子爵領の屋台で済ませたのだがやはりめっちゃ美味かった。
今まで食べたこの世界の料理の中でもトップクラスの味だと断言できる。
ついつい食べすぎてしまったが大丈夫だろうか、主に体重。
”神喚び”の本番はさらに次の日の夜ということで急ぐ理由がまるでなく、のんびりした出発にのんびりしたペースで街道を進んだ俺たちがバーゴイン男爵領に到着したのは昼前くらい。
「のどかなところだな」
そして到着後、車を降りた俺が抱いた第一印象はそんな感じ。
家と家の幅も広く、建物も全体的に低い。
祭りということで人は多く歩いているが、
恐らく本来の人口はそう多くない。
カテゴリは多分街ではなく町になるはずだ。
『のどかでいいところですよ』
気づけば隣にセラちゃんがいた。
ここに来るまではいつも通りメアリとウェンディの乗る二号車にいたはずだが、二人の姿はまだない。
きっと到着した瞬間ウキウキで飛び出してきたんだろうな、彼女は幽霊で壁とか関係ないから扉が開くの待つ必要もないし。
ベルガーンもそうだが、こういう時実体がないことによるメリットを羨ましいと思う。
まあデメリットも多そうだけど。
早めにバーゴイン領に入ったのは、セラちゃんに余裕をもって領内を巡ってほしかったというのもある。
今日明日、もし足りなければ明後日もその希望を極力叶える形で領内を巡る予定だ。
恐らく道中、車内でウェンディとメアリが行き先の希望を聞いて予定を立てていることだろう。
とはいえセラちゃんにとってはおよそ百年ぶりの帰郷になるわけで、間違いなく当時とは違うことのほうが多い……何なら変わっていないものを探すほうが難しいのではなかろうか。
何しろ治める貴族からして違うわけだし。
百年も経てば人も建物も、地形だって変わる。
ここに来る途中にあった大きな川にかかる頑丈な橋やしっかりとした堤防も、当時はなかったものだろう。
それでもこの街の雰囲気はほとんど変わっていないと彼女は言う。
そして遠くに見える山々などの景色も。
『懐かしい気持ちになれました』
そう言ってセラちゃんは俺たちに向かって深々と頭を下げた。
声が僅かに震えていたので、もしかしたらその時少し涙ぐんでいたのかもしれない。
その後は軽く当時と今の違いを説明してもらったのだが、なんと今回の目当てである”神喚び”はセラちゃんが生きていた頃……百年前ここがモントゴメリー男爵領だった頃から行われている行事だったらしい。
名前や内容からして歴史がありそうな気はしていたが……想定を超えてきたな。
『私が生きていた頃は、神様たちとお話することもできたんですよ』
その言葉は懐かしげで、どこか淋しげで。
セラちゃんがいた頃の”神喚び”は”神様とのふれあい”的な要素が強かったらしい。
少なくとも説明を聞く限り現在の”神喚び”はそんな雰囲気の祭りではない。
姿を現した神様を遠巻きに見る。
印象としてはそんな感じだ、ふれあいとは無縁なものだろう。
今のように遠い存在ではなく、その時期限定とはいえ近しい存在だったというならこの百年間の間に何かがあったのだろう。
それもトラブル的な何かが。
一線を引いたのは果たして人の側か、神様の側か。
「話しかけてみたらいんじゃない?」
その時メアリが、何でもないことのようにそう言った。
「アタシら魔王と普通に話してんだし」
ケラケラと笑うメアリに「お前なぁ」と反論したくなったが、いい言葉が思い浮かばない。
確かに神様といえばなんか凄い存在のように感じるが、それが魔王より上位の存在だという保証はどこにもないのだ。
むしろそれはないだろうなと思うし、何なら実はベルガーンの知り合いでしたとかもありえる気がする。
「神様が実はお前の知り合いとかは?」
『顔も名前も、姿形すら未知なる者を余が知り合いと称すると思うのか?』
すいません思いません。
といつかぐうの音も出ません。
だからそんなめっちゃ哀れみがこもった視線を俺に向けるな。
『……そうですね、近くに行く機会があったら話しかけてみます』
そしてそんな俺たちの姿は、何故だかセラちゃんに勇気を与えたらしい。
いや本当に何故だ、解せぬ。
いいことだとは思うが素直に喜べない。