第九章:その23
”神喚び”
それがバーゴイン男爵領で行われている祭りの名前である。
トマト祭りやこんにゃくが出てきた収穫祭がどちらかと言えばエンタメ、飲めや騒げやみたいなノリのものであったのに対して”神喚び”はその名前の印象の通り儀式的なもの。
何でもその地域にいる土着の神様を召喚して五穀豊穣や無病息災を祈るらしい。
なんというか、非常に日本でありそうな……というより内容だけ聞くとありがちなお祭りである。
違いがあるとすれば、この祭りで呼び出される神様は実際に見えるというファンタジー的な要素だろうか。
火、水、風、土という様々な属性の神様が人、獣、鳥、蛇などこれまた様々な姿形で現れるのだ。
日本の神様たちも降りては来てくれているという話だし、何らかの現象が起こって存在が示唆されたりもしているが多くの場合その姿は見えない。
なのでここが違いで間違いなさそうだなと思う。
さすがファンタジーな世界。
話を戻そう。
”神喚び”で神様たちが喚ばれる様は非常に美しいらしい。
そのため毎年見物に来る者はもちろんのこと、数こそ多くはないが「自分の中に神が降りてきた」的なことを言ってここに住み着く者までいる。
そしてそう言った者が志すのは決まって芸術家。
たぶん自分の中に芽生えたとても強い何かを表現したくて仕方なくなるのだろう。
気持ちがわかるとまでは言わないが、何となく納得はできる。
それほどまでのインスピレーションをもたらす光景は、さぞかし衝撃的なのだろうというのもわかる。
ちなみにこの地域の芸術家たち───大半はその「神が降りてきた」とか宣った連中なのだが、そいつらの作品は基本的に評価が高い。
何でも方向性は個人によって差はあれど、だいたいの者は凄いインパクトのある作品を作るようになるんだそうだ。
そのためこの地域の芸術というデカいカテゴリに対して熱意を向けるファンも多く、そう言った者たちが特にこの時期男爵領に大挙してやってくる。
そしていつしか芸術家たちもそれに合わせて新作を公開するようになり……といった具合に、”神喚び”は今ではちょっとした芸術祭的な側面も持つようになっている。
小さな領地の小さな街で行われる祭りながら、この時期帝国南西部で最も盛り上がりを見せる祭典。
それがバーゴイン男爵領の”神喚び”である。
「そういえばこの世界って神様とか宗教とかどうなってるんだ?」
”神喚び”の話を聞きながら、ふとそんな疑問が浮かんできた。
この祭りについて語る際や誰かが俺の魔力を評する時など、幾度となく神という言葉が使われたのは耳にしている。
ただキリスト教のような宗教的な神、ファンタジー世界でありがちな実在する神のような話は聞いたことがない。
宗教もそうだ。
誰かが何かに祈っているところも、教会やモスク、寺や神社のようなものも見たこともないしそれっぽい話も聞いたことがない。
これまでは特に考えることもなくスルーしていたが、この世界における”神”ってどういう存在なんだろうか。
「この世界の創造主たる力ある者」
「そして各地に居るあるいは居た、土地や人々に加護をもたらす者たち」
「「それがこの世界の神だな」」
「なるほどなあ」と頷きながらダブルジョンの方を見る。
話を聞く限り、感覚的にはやっぱり日本のそれに近いのだろう。
高天原より降りてきて国を生んだ神々と、八百万の神々。
日本でもそんな由来も力も在り方も何もかもが違う者たちを一括りに”神”と呼ぶので、割とスッと入ってくる考え方だ。
それにしてもこいつらは本当に喋り方というかテンポが独特だな。
声も似てるしマジで肉体は二つ思考は一つ的なニコイチを疑ってるんだが、さすがに言ったら怒られそうな気しかしないので言わないというか言えない。
さて一方で宗教の方はというと、この世界には俺の世界でいう三大宗教のように世界的に浸透したものはないらしい。
そして帝国内でも強い宗教というものが特になく、各地域が好き勝手に色々なものを崇め奉っている状態だ。
どのくらい色々かというと先に述べた創造神や八百万の神々にドラゴン、過去の偉人に物や自然そのものなど、大雑把なカテゴリを並べるだけでもなかなかの数。
細かく、一つ一つ並べていけばとんでもない数になるだろう。
それらが一部の危険思想以外特に禁止されるでもなく信仰を許されており、何なら複数を信仰している人もいるとか。
なんだろう、俺には馴染みのある環境すぎる。
ちなみにベルガーンの時代もおおよそ似たような状況で、何ならベルガーンのことを崇めていた者もいたそうだ。
いやなんかすげえしっくり来る、さすが魔王。
「あとは……”聖王”というのがございます」
「何だそれ」
「西にあるルミナラが信奉している絶対的な存在ですわ」
西の険しい山脈を挟んで帝国と隣接する大国、聖王国ルミナラ。
その国には絶対的な価値観として「”聖王”こそが世界において唯一無二の王である」というものがある。
この”聖王”とはルミナラの指導者を指す言葉ではない。
ルミナラは王国を名乗りながら王政ではなく共和制、指導者は”聖王”の代理人として国の運営を取り仕切っている。
そしてその価値観は他国にも平気で向けられている。
「王を名乗る者、そしてその系譜に連なる者は僭称者であり絶対に許されない」という言葉の下聖王国は周辺地域への侵略を繰り返し、その度に多くの王族が根絶やしにされてきた。
「……いや、怖」
確かに宗教的だ。
というかなんか宗教の暴力的な部分を徹底して尖らせたみたいな国だな。
めっちゃ怖い。
「大丈夫なのか、そんな国と隣接してて」
「全く大丈夫ではありませんわ」
「長きに渡って仮想敵国ですよ」
そう言ったウェンディの顔にも、ロンズデイルの顔にも嫌な表情が浮かんでいる。
恐らく大なり小なり、二国間では何かが起こり続けてきたのだろう。
いやまさか、この話題にこんな空気の冷える地雷があるとは思わなかった。