第二章:その2
この世界で初めての街オーレスコ。
科学と魔法が両立してる微妙な世界観で果たしてどんな街並みが出てくるのかと、俺は期待と若干の不安を感じていた。
思わずツッコミ入れたくなる建物が並んでたらどうしようとかそんな感じ。
いや例えばどんな建物かって言われると答えようがないんだが。
そんな風に良くも悪くも身構えながら来訪したオーレスコは……なんというか普通だった。
石畳で舗装された道の両脇に建ち並んでいるのは、ウサギの一家でも住んでそうな家々。
現実で言えば欧州、創作ならばファンタジーと言われて想像する街並みそのままと言ったあたりだろうか。
いやまあ俺は欧州に行ったことないから本当に想像でしかないんだけど。
というか広い道が舗装されていて、なおかつその舗装は車で走ってもほとんど揺れないというのがまずこの世界における文明の進歩っぷりを表しているように思う。
石畳が見えた瞬間腰と尻の痛みを覚悟したが、それが杞憂に終わったというのは喜ばしい。
「なんか勝手に期待して勝手に落胆してない?」
「そんなまさか」
少尉は俺の心が読めるのだろうか。
それとも顔に出ていたのだろうか。
冗談はさておき、別に落胆はしていないのでそこは間違いだ。
ただ反応には困っている。
普通とは言ったが、あまりにも普通すぎるのである。
異世界に来たという実感がむしろ消失してしまうほどに”普通の町並み”。
これはこれで想定外と言わざるを得ない。
そして道を走っているのも”普通”の車や自転車ばかり。
どちらも細部こそ違えど、デザイン的には俺の世界……それも現代のものに近い。
やはり「ここ本当に異世界なんだよな?」とはなる。
「それで、どこに向かってるんです?」
「研究所」
予想通りの返答とはいえ、俺のテンションは下がった。
そうか……研究所に直行か。
一気に昼下がりに荷馬車に揺られる子牛の気分になったんだが。
街に到着する直前に少尉が運転する車は車列を離れ、街に入る際は単独だった。
他の車両が向かった先がどこなのかはわからないが、恐らくそこと研究所は全然違う場所にあるのだろう。
まあもし研究所が町中にあるのなら、いかに道が広いとはいえあの数の車両は入ってこれないわな。
特にあの巨大なやつ、あれは走る場所も格納する場所も相当限られるんじゃなかろうか。
「キミが変な病気持ってないことがわかるまで、私や他の皆も隔離なんだよね」
「ああ……」
思い出されるのは、”死の砂漠”でのストーンハマーのおっさんの言葉。
「異世界の風土病かもしれん!」という……いや言葉より言った時の顔の印象の方が強かったっぽいなこれ。
思い返せばあの時はおっさんをはじめとする研究者連中、皆めちゃくちゃ楽しそうな顔してたな。
あれは持ってることの方を期待してた顔だ。
実際俺が未知の病気持ってたら喜びそうだな。
自分が感染しても……いやさすがに喜ばないか。
喜ばないよな?
「結果、どのくらいで出るんです?」
「一日二日ってところじゃない?」
思ったより短いな。
まあ結果が出て、悪ければ改めて隔離とかになるんだろうけど。
さすがにそうなったら長そうなので、何も出ないことを祈る。
「ついたよ」
そうこうしているうちにたどり着いたのは、まさしく研究所としか言いようのない建物。
四角く屋根のないその真っ白な建物の外観は、果たして機能的と言っていいのか無機質と言うべきなのか悩むところだが、いずれにしても生活感とは無縁というのは確かだろう。
何階建てかはわからないがそれなりの高さも幅もそれなりにあるのだが、そのサイズに比して明らかに窓が少なすぎるのだ。
明らかに生活空間としては作られていないと、そんな印象を受ける。
「はいよ、降りても───」
俺の動きは、そう言ってドアに手をかけたところで停止した。
車が停まったと見るや、わらわらと現れた真っ白い防護服の集団。
それが車を取り囲んだのだ。
ゴツいガスマスクに覆われた彼らの表情は……いや果たしてそれが彼か彼女かすら判別することができない。
ただその視線は、明らかに俺に向けられていた。
何人いるかもわからないその集団は、どう考えても俺が降りてくるのを待っていた。
「降りたくない!!」
叫んだ。
めっちゃ怖いと思った。
魔獣や”デーモン”と戦った時ですらこうはならなかったのに。
だが抵抗虚しく俺はまるでゾンビ映画のワンシーンのように車内から引きずり出され───
まあやられたのは鼻の奥まで綿棒を突っ込まれたり採血されたりと、ただのよくある検査だったんだけども。
大人数に包囲された状態でやると気分が違う、というのをわかっていただきたい。
あと採血の人、クッソ下手だった。
そんなこんなで精神的に疲弊した俺は今、病室みたいな空間のベッドの上でくたばっている。
この狭い部屋がどうやら俺の、これからしばらくの生活空間になるらしい。
「あの窓から見える木の葉か全部落ちたとき、俺の命も───」
『青々としているように見えるが、ずいぶん気の長い話だな』
気分だよ気分。
今の俺の低いテンションを言葉にしたかっただけだ。
ちなみにベルガーンの言う通り木の葉は青々としており、何なら新芽が芽吹いているのも見える。
俺の世界の春夏秋冬がこの世界にも当てはまるのかはわからないが、きっと今は春なのだろう。
「それにしても……何してればいいんだ?」
部屋にはベッドと机だけ。
机の上には筆記用具と何が書いてあるのかさっぱりわからない本があるのみ。
これで一体何をしめ時間を潰せと───と考えたところで、俺は気付いた。
「待て、読めない?」
本をめくれどめくれど文章どころか単語、文字すらも読み取ることができない。
一切合切何が書いてあるのかわからないのだ。
「まさかと思うが文字は魔法の適用外?」
『魔法とて万能ではない』
「突然痒いところに手が届かなくなりやがった」
完全に油断していた。
この場所に来るまでの間文字に触れる機会が一切なかったせいで気付きようがなかったのも悪かった。
言葉が大丈夫だったから文字も魔法で解決するもんだとばかり思っていたが……どうやら甘かったようだ。
だが幸いにも目の前には数冊の本と筆記用具がある。
ベルガーンに読んでもらいながら学ぶというのは隔離中の暇潰しに最適───
『ふむ、やはり文字も余の時代とはまるで違うのだな』
詰んだ。
本眺めながらしみじみ語るな。
お前が読めないと教えてくれる奴がいなくなるだろ。
こうして俺の隔離期間、もとい暇との戦いは幕を開けた。
それは恐ろしいほど長く、絶望的な戦いになることが予感された。