第九章:その21
その日の夕食はキャンピングカーの外にテーブルと椅子を並べ、山程買い込んだ屋台の料理を置いて好き勝手食べるという形。
当たり前のように酒も乗っている。
まあ合うよな、屋台と酒。
こういう祭りの時の屋台の料理は一回りくらい高いイメージなので、凄い贅沢をしている気分になる。
もしかするとこの世界だとそうでもなくむしろ割安とかの可能性もあるが、会計は任せたのでその辺はよくわからない。
……もうすっかり他人の金で贅沢をすることに慣れてしまった。
俺はこの先大丈夫なのだろうかと不安になる。
食事にはロンズデイルを始め兵士たちやダブルジョンも参加している。
案の定というか予想通りというか、特に兵士たちには最初遠慮すると拒否されたのだがそこは是非にと頼みなんとか参加してもらうことができた。
俺たちの旅行に付き合ってもらってる、っていう関係性なわけだし恩返しはしておきたい。
それにロンズデイルの口ぶりからして今後は長い付き合いになるだろうから、多少なりとも距離を詰めておきたいというのもある。
なので参加してもらえて良かった。
……俺はビタ一文出してないので、こういう感想を言うのも微妙に心苦しいけれども。
「「大英雄ワードプラウズか」」
そしてそこで俺はダブルジョンに大英雄ワードプラウズのことを尋ねてみた。
食事前に他の皆、学生たちにもセラちゃんにも少尉にもアンナさんにも聞いてみたが、やはり有名エピソードくらいしか知らないらしい。
ベルガーンは時代が違うので知っているはずもなかった。
そんなわけで、この手の話題に詳しそうなダブルジョンがこの旅行中に関しては最後の砦ということになる。
駄目だったら学園に戻った時図書館ででも調べてみよう。
「食べられるとされているものはおおよそ全て食べたという逸話があるね」
「毒があるとされているものをおおよそ全て口に入れたという逸話もあるな」
「どんな英雄なんだよ」
きっかけはこんにゃくだと伝えたのだが、直後に返ってきたのはそんな説明。
どんな悪食だ。
何でも食べるのはいいが、毒は口に入れるな。
ともあれ、ダブルジョンは大英雄ワードプラウズについてかなり詳しく知っていた。
流石はロンズデイルが知識を当てにするような連中、といったところだろう。
ワードプラウズが活躍したのはおよそ千年前。
ちょうど帝国の前身となる国が興された時期であり、帝国の始祖とされる人物とも深い親交があったとされている。
そのため創世記の帝国について書かれた歴史書にも度々その名が登場するのだが、帝国の礎を築いたとかそういう扱いではなく「始祖を取り巻く人々」の一人とかそんな感じ。
何しろ始祖と協力して戦ったとかそういう出来事はほとんどなく、好き勝手なことをやっていたらたまたま帝国に利したとか逆に迷惑を被ったとかそういう近くも遠くもない立ち位置の人物だ。
「取り巻く人々」以上にはなりようがない。
英雄としての活躍は凄まじいの一言。
俺の読んだ本にも書かれていた「ドラゴンをタイマンで倒した」だの「地平線を埋め尽くすほどの魔獣の群れを一人で食い止めた」だのは創作ではなく、きちんと資料に残っている事実らしい。
ただの英雄ではなく”大英雄”と称されるだけのことはある。
「そして食い意地が張っていたと」
「「そう」」
なんというか、よくわからん人物像だ。
少なくともこんにゃくを作りそうな人とは思わない。
こんにゃく作りそうな人物像ってどんなだよという話ではあるが。
「こんにゃくに関しては、彼の生まれ故郷に伝わる製法だと言っていたらしい」
「だがそれがどこなのかがわからない」
歴史に鮮烈な名を残した人物の出自が謎に包まれている。
それは俺の世界でもたまにある、確か明智光秀がそんな感じだったはず。
だがこんにゃくという割と強めのヒントがあって尚、地域すら特定できていないのはなかなかにミステリーだ。
こんな特殊な製法で作る珍奇な食べ物、存在すれば何かしらの形で伝わる。
だがダブルジョンのみならず他の学者たちも、類似品すら探し当てることができていないらしい。
ワードプラウズ自身による故郷への言及も、残っているのは「ここではない場所」という一言だけ。
これではわかりようがない。
『可能性の一つでしかないが』
不意に、それまで特に何も言おうとしなかったベルガーンが口を開いた。
姿が見える者たちの視線がそちらに集中する。
もしかするとこいつがいた時代にあったんだろうか、こんにゃく。
『そのこんにゃくとやらは貴様のいた世界にあった食物なのだろう』
違った。
この口ぶりだとたぶんそういうのじゃないな。
「そうだがそれがどうし……いやちょっと待って?」
なんでそんなことを聞くのかと聞き返しかけた時、俺はあることに気が付いた。あるいは話が繋がった。
そしてそれこそがベルガーンが言いたいことだという確信がある。
『そのワードプラウズとやらも、そこから来たのではないか?』
その発言をしたのはベルガーンにもかかわらず、視線が集中したのは俺に対して。
ベルガーンのことが見えない連中にも少尉やアンナさんがその内容を伝えたため、今度は全員分の視線だ。
断言はできない。
俺もだし、ベルガーンや他の連中もそうだろう。
断言するほどの根拠はない。
だが、とてつもなくしっくり来るのは確か。
自分の他に世界を渡ってきた者の痕跡を見つける、異世界転生ものではよくある話だ。
だがそれがこんにゃくでいいのだろうか。
何とも言えず釈然としない気持ちを抱きながら俺は「ありえる……かもな」と答えた。