第九章:その20
薄く切られたこんにゃくを一枚口に含む。
うん、間違いなくこんにゃくだ。
もしかするとそう見えるだけで違うものかと思ったが、見たまんまこんにゃくだった。
「食感が……独特ですわね……」
「アタシちょっと苦手かも……」
「自分もッス」
同様にこんにゃくを口にした他の連中の評価は微妙極まるもの。
オブラートを排除した場合は「不味そうにしてる」という表現になる。
まあそりゃそうだろうなとは思う、俺も子供の頃はそこまで好きではなかったし。
というか何も味をつけずに食べるものじゃないんだよこれは。
煮物にいれるとか、そのまま食べるにしても醤油とか酢味噌とかがほしい。
あと酒が欲しい。
「タカオ残り食べる?」
無言でモキュモキュとこんにゃくを食べ続けていた俺の前に皿が差し出された。
メアリはもうギブアップらしい。
ウェンディもヘンリーくんも同じような顔でこちらを見ている。
「じゃあもらうわ」
そう言ってフォークを持った手を伸ばす。
味がついてないので美味しいという評価にはならないが、食べられないわけでもない。
そんなわけで俺たちに提供された分くらいは平らげることにした、もったいないし。
皿に乗っていたのはだいたい刺身こんにゃくくらいの薄さに切られた灰色のものが二枚。
提供側の「まあ食えてこのくらいだろうな」という考えが透けて見える。
実際メアリたちは一枚食べるのにも難儀していたわけだしだいたい正しい。
「よく食べられますわね……」
ウェンディの言葉は偽らざる本音だと思う。
この世界……にはもしかしたらあるかも知れないが、少なくとも帝国にはこんにゃくに類似した味や食感の食材はない。
恐らく合う調味料や調理法とかもないのだろう。
あったらここに出てくるはずだし。
そんなものをモキュモキュと普通に食べている俺は、さぞかし奇異に映っていることだろう。
「タカオって実は味覚おかしいん?」
「ちげえよ!」
奇異に映るどころか、ストレートに罵倒された。
おのれメアリ。
「これ、俺の世界にもある食い物だからな」
最後の一枚を飲み込み、そう説明する。
やはり酢味噌と酒が欲しかった。
そうすればたぶん何枚でも食べられるだろうが味付けなしはさすがにここが限界、残念だ。
「これ、ホントにこんにゃくって名前なんですよね?」
「はい、こんにゃくです」
食べる前にも聞いた質問。
もう一度係の人に確認しても、当然答えは同じ。
最初に名前を聞いた時は名前が同じだけでまるで違うか、トマトみたいに翻訳魔法のバグみたいな代物が出てくるのだろうと思った。
看板にデカデカとこの世界の文字で「こんにゃく」と書かれているのを目にしても実物が出てきても、口に入れるまではそんな感じで警戒していた。
今となっては、なんでこんにゃくがあるんだよという感想が真っ先に来る。
というかそれしか浮かばない。
「近隣に自生していた本来食用ではない植物を、大英雄ワードプラウズが特殊な製法で食べられるようにしたのが始まりと言われています」
こんにゃくは、そのままでは食えない芋をやたら手間をかけて食えるようにした物体だ。
なんかすり潰すとか石灰で煮るとかそんな工程があった気がするがさすがに正確には覚えてない。
とりあえずその工程と、そこまでやっても栄養がほとんどないという結果がネットでしょっちゅうネタにされていたことはよく覚えている。
係の人によれば大英雄ワードプラウズも、同じように調理してこんにゃくを生み出したらしい。
なんでそこまでしてその芋が食べたかったんだ。
「謎すぎる」
元の世界でも確かそこまでやった理由は謎だったはずだが、正直この世界だと輪をかけて謎だ。
大英雄とか言われてる人物が、よりによって農耕で栄える地域で発明したというのはいささか奇行が過ぎる。
その時飢饉でもあったんだろうか、こんにゃくはマジで腹が膨れるだけなんだけども。
大英雄ワードプラウズ、いったい何者だったんだ。
猛烈に気になってきたぞ。
後でダブルジョンにでも聞いてみよう。
あいつらなら何か知っているはずだ。