第九章:その19
夏季、帝国中西部の各貴族領では数多くの祭りが開催される。
この地域の貴族間の関係はかなり良好。
同じ地域で似たようなことをやって生計を立てている者同士で争って何か益があるわけでもなし、それなら相互に協力しようかという空気感が長い間続いているんだそうだ。
そのため祭りも観光客を大々的に呼ぶ機会とばかりに時期を微妙にずらして集中開催している。
トマト祭りをはじめ色々な祭りがあるから回ってね、といった感じでしっかりと調整され宣伝もされているのだ。
効果は絶大であり、この時期近隣の貴族領では秋の本格的な収穫期ではないにも関わらずとにかくヒト・モノ・カネがよく動く。
観光客だけでなく商人たちも大挙してやってくるのだ。
主要街道から離れ、商業的には強くないこの地域にとってこれは大きい。
他地域の商品や情報が数多く手に入るし、農作物の販路も拡大できる。
そしてそれらがまた主要産業である農業を発展させるのだ。
間違いなくこの地域は好循環の中にいると言えるだろう。
旅をしながら、説明を受けながらそんなことを思った。
さて、前置きが長くなってしまったが次の目的地であるスケールズ子爵領の祭りについてだ。
ここでの祭りがフォーカスしているのはズバリ「食」。
もともと地酒が特産品として人気がある場所でそれにちなんだ祭りもやっていたのだが、その規模を大きくするにはどうすればいいのかを話し合った結果メインをツマミのほうに移行しようということになったらしい。
地元や近隣の人気料理や隠れた逸品、果ては帝都の有名シェフまで呼んだりとこのテーマの催しとしては帝国全体でも屈指の規模。
そのためトマト祭りのような派手さはないがこちらも大々的に人が集まる人気イベントとなっている。
そしてそのイベント中にしか提供されない珍味中の珍味と言われる食物、それが今回俺たち七不思議部が目当てとしているものである。
いやあ絶対不味いよなこれ、断言できる。
珍味中の珍味とか、それ以上好意的なコメントが浮かばなかった感じが凄い。
だいたい美味かったら有力貴族の娘であるメアリやウェンディ、割と近くに実家があるヘンリーくんは食べたことが……最悪名前くらいは聞いたことがあるはずだ。
それが品名すら「聞き慣れない名前すぎて覚えられなかった」とはっきりしない有様なのだから、味に期待するほうが間違っている。
ちなみにその料理の宣伝文句は「大英雄ワードプラウズが製法を編み出した品」。
やはり味への言及はゼロとなっているせいで俺の確信は深まるばかりだ。
にしても大英雄ワードプラウズか。
前回の旅の前にランス将軍に関する本を漁っていた時、ふと以前帝国ホテルの博物館で聞いたその名前を思い出して何冊か彼に関する本も読んだ。
冒険者……あるいは自由人という立場で生きた彼に関する物語は、軍人であるランス将軍のそれとは大きく異なる。
彼の英雄譚で相手となるのはもっぱら野盗やテロリストといった犯罪者に、人に害をなす魔獣。
ダンジョンに潜って宝物を見つけてきたとか、未開の地を旅したとかそんな話も多い。
どちらかと言えばヒーローもの、そんな印象すら受けることが多かった。
そんな中で気になったことと言えば、ネーミングセンスのなさ。
ワードプラウズが発見、打倒し命名した魔獣類はそれなりの数いるのだが、その多くがスーパーなんちゃらみたいに雑な名前をつけられている。
ウルトラスーパージャイアントクラブという名前を聞いた時は呆然とした。
腹が立つのは特徴をしっかり押さえていて見た目が想像しやすいことだが、それはそれとしてダサいことに変わりはない。
名付けられた魔獣も未練なのではなかろうか。
ある程度話を見聞きした彼の印象は、変な奴。
英雄としての活躍以上に、変人エピソードの方が印象に残る人物だった。
そんな変な英雄が製法を伝えた食べ物とは一体どんなものか。
微妙な期待と不安を抱きながらその日その場所に立った俺は───
「何これ?」
思わず、そんな言葉を漏らした。
「何でこんにゃく?」
その問いに答えてくれるものは、いない。