第九章:その18
「すげえ盛り上がってたな」
「ね!すごかったぁ!」
メインイベント終了後、うまいこと空いてるカフェに入店することができた俺たちは各々好きなものを飲んだり食べたりしながら”トマト祭り”の感想を語り合っていた。
ちなみに俺が頼んだのは野菜のパスタ。
しっかりガッツリトマトも入っている料理だが、普通に辛さが程よくて美味かった。
強いて問題を挙げるなら、見た目がナポリタンっぽいのに味がペペロンチーノという脳が混乱する料理ということだろうか。
ともあれ、もしかすると屋台で食べてしまったやつは特にヤバい品種だったのかも知れない。
今思えば毒々しいってくらい赤かった気もするし。
さてトマト祭りについてだ。
観客席まで漂ってくるほど”辛い”空気の中、白熱した攻防の末に勝利したのは後攻の南部チーム。
何でも門までの到達時間の大会記録までたたき出したらしく、彼らの喜びようも観客の盛り上がりも凄まじかった。
……喜びのあまり被り物を放り投げてカプサイシンまみれの空気を思いっきり吸い込んだ結果悶え苦しみ、担架で運ばれていった参加者が一人いたが大丈夫なんだろうか。
泡吹いてたように見えるんだけど生きてるよな?
……やっぱりトマトは危険すぎるからやめたほうがいいと思うんだが。
「まあでも、面白かったんだよな正直」
トマトを投擲する防衛側の人たちも、トマトの集中砲火を食らい真っ赤に染まりながら突き進む侵略者役の人たちも、鬼気迫る雰囲気が凄かった。
あれは盛り上がる。
どちらのチームにも縁がない俺でも自然と応援してたし、タイムが大会記録とわかったときはかなり興奮した。
「次もこんな感じの盛り上がる祭りなのか?」
行く祭りや順番の選定はウェンディたちに一任している。
傭兵たちからかなり多くの祭りを教えてもらったものの、いつどこでどんなことをやるのか俺には全くわからない。
行きやすい順番などもあるだろうから知ってる奴に任せたほうがいいだろうとかそんな理由だ。
楽しむためにやってる旅行なのに強行スケジュールで疲弊したり見れなかったりするのは嫌だしな。
「次はトリット男爵領の逆さま祭りに行ければと思っていたのですが……少佐から南部はやめたほうがいいと言われましたのでお流れですわね」
ウェンディがどこか残念そうに言う。
恐らくはその逆さま祭りとかいうものを見たかったんだろう。
俺も内容が気になって仕方ない、何だ逆さま祭りって。
後でどんな祭りか誰かに教えてもらおう。
この時期にそれなりの数執り行われる帝国南部のお祭り、俺たちはそれを見に行けない。
どうもドブソン子爵領での野盗騒ぎが相当尾を引いているらしい。
南部貴族はピリピリしながら自領と他領を行き来する人々を気にしているし、お祭り自体も中止や規模の縮小が予定されている。
そんな中で俺たちが行っても歓迎されないし、何なら煙たがられるだけだろうというのがロンズデイルの見立てだ。
一行に軍の人間が数多くいるため、また検問等で長時間止められる可能性も高い。
それならば行かないほうが良いのではないかと提案され、俺たちはそれを受け入れた。
残念だが仕方ない。
状況が落ち着いたらその時に行こう、機会はきっとあるはずだ。
「次は……スケールズ子爵領の収穫祭に行こうかと、今回のように派手な祭りではありませんが」
「何があるんだ?」
「そこでしか食べられない珍味があると聞いています」
「珍味か」
「珍味ですわ」
俺とウェンディは、今間違いなく同じことを考えている。
何なら同席しているメアリとヘンリーくんも、隣の席にいる少尉とアンナさんも、ベルガーンとセラちゃんもそうかもしれない。
───間違いなく、不味い。
そんな、確信に似た予感がある。