第九章:その15
さてそんなわけで始まった「帝国七不思議部お祭り巡りの旅」、まず俺たちが目指したのは帝国中西部にあるドチャーティ伯爵領の都市マニオン。
ドチャーティ伯爵領はその大部分をなだらかな丘陵と緑の平原が占め、さらに気候が穏やかなことも相まって農業が極めて盛んだ。
穀物、野菜、果物……多種多様な作物の栽培や加工が行われ、”帝都の胃袋”とも呼ばれるこの地域はのどかな、田舎にしか見えない景色に反してとても栄えている場所なのである。
そんな伯爵領でこの時期に盛大に執り行われる大収穫祭、その名も”トマト祭り”。
それが俺たち帝国七不思議部の奇祭巡り、その第一歩である。
「トマト祭りってこの世界にもあるんだな」
”トマト祭り”という名前と「トマトをぶつける祭り」という内容を聞いた俺の脳裏にまず浮かんだ感想がそれである。
現地の言葉でラ・トマティーナと呼ばれるスペインの収穫祭。
これと牛追い祭りが俺の世界で特に有名な奇祭になるだろうか。
というかよく考えたらどっちもスペインじゃねえか。
凄いな、ラテンのノリは。
「タカオの世界にもけっこう変なお祭りあんだね、ウケる」
途中の街での休憩中、飯を食べながらそんな話をしたところ、メアリたちの食いつきはかなり良かった。
正直俺はそこまで詳しいわけでもないので世界の奇祭どころか日本の奇祭についてもあまり多くは紹介できなかったが……奇祭でも何でもないねぶた祭りやだんじり祭りなど、日本の祭りがかなり彼女らの興味を引いたようである。
これに関しては日本が帝国、あるいはこの世界と似ても似つかない文化だということもあるだろう。
祭りの説明をする際に神輿という物体から説明しなきゃならなかったし。
映像だけでも見せる方法があれば良かったというか見せたかったのだが、そこはどうしようもなかった。
もしかするとこいつらなら地域の神社祭でも楽しんでくれるんじゃないかと思ったので、残念だ。。
「それにしてもトマトぶつけ合うとか、ホソダさんの世界ってけっこう物騒なことするんスね」
「ん?いやまあ確かに危ないな」
そのままだと危ないから微妙に潰して投げるとかいうルールがあるにはあるらしいが、群衆が入り乱れてトマトを投げ合うってのは確かに危険かもしれない。
当たりどころが悪けりゃ怪我もするし、トマト汁で真っ赤に染まった地面で滑って転ぶ危険性だってある。
ただなんかヘンリーくんが言っているのはそういう話ではないような気がするのが微妙に引っかかる。
食べ物を投げるという行動自体に物騒さや野蛮さを感じている可能性もあるにはあるが、それならこの世界のトマト祭りの説明をする際に言及があったはずだ。
「こっちのトマト祭りはどんななんだ?」
『この地域を我が物にせんとした侵略者に対し、地域住民がトマトを投げて撃退したのが始まりなのですが……』
「トマトを投げて撃退……?」
気になったので説明を求めたところ、予想外のイントロが始まった。
何だそれは、どういうことなんだ。
説明してくれているセラちゃんを見る俺の顔は、きっと豆鉄砲を食らった鳩に似ているだろう。
頭の上には大量のはてなマークが浮かんでいる。
「何かの比喩とか誇張ではなく……?」
「事実に基づいていますわ」
そう言ったウェンディの顔には悪戯心的なものは浮かんでいない、淡々と事実を述べているとかそんな風情だ。
嘘だったら顔に出そうなメアリの方も見てみたが同様。
やはりこれは事実で間違いないらしい。
俺は混乱していた。
侵略者にトマトを投げつけるという意図はまだわかる。
抵抗の意思を示すとか色々理由は思い浮かぶし。
ただ撃退に成功した際の主役がトマトになる意味がわからない。
他の面々はというと「俺が何に混乱しているのかわからない」という顔で少々困惑しているようだった。
どこかに何かの齟齬があるのは明白。
だが皆、それが何なのかさっぱりわからない。
結局その齟齬の解消は、祭り本番まで持ち越されることとなった。