第九章:その14
その後少ししてウェンディとロンズデイルによる目的地の確認が終わり、車列は俺たちを乗せて走り出した。
先導のジープに続いて俺と少尉の乗る車両、ウェンディとメアリとアンナさんの乗る車両、ヘンリーくんとロンズデイルたち軍人の乗る車両、最後にダブルジョンの乗る車両という順番だ。
うーん何をどう考えても多い。
まあそんな風にメンバーが大幅に増加した中で唯一、俺が乗る車両だけは人が減っている。
オレアンダーが参加していないせいだ。
用事があるのか興味がないのか、あいつの場合どっちなのかは全然わからないが……とりあえず皇帝だから忙しいんだろうと思ってやることにする。
むしろ忙しくあれ、酒ばっか飲んでないで仕事しろ。
まあオレアンダーの事情はどうあれこの車両の定員に余裕ができたため、ヘンリーくんに乗ってもらおうとしたのだが……それは駄目だと言われてしまった。
なんでもそういう決まりがあるらしい。
まさかの一号車、俺とオレアンダー専用車両認定である。
どんな決まりだ、というか何でそんな決まりがあるんだ。
というかそんな決まりがあるってことは今後も場合によってはついてくる可能性があるってことだよな。
ファッキューオレアンダー。
ちなみに少尉は俺の護衛だから乗って大丈夫という理屈らしい。
懐が広いんだかそうでないのかよくわからない。
それを聞いた少尉が露骨なまでに顔をしかめていたので、彼女自身は恐らくさほど乗りたくないんだろう。
気持ちはわかる。
俺も誰かと駄弁りながら旅がしたいんだけど、酒抜きで。
少尉はそういう相手になってくれないし、セラちゃんはメアリたちのいる車両に行った。
契約後に彼女が行動できる範囲は割と不安だったが、どうやらベルガーン同様かなり自由に動き回れるらしい。
数メートルしか離れられないとかだったら俺にとってもセラちゃんにとっても最悪だったので、ひとまずは安心といったところか。
「行ってきていいよ」と伝えた時セラちゃんはかなり申し訳なさそうにしていたが、流石に旅の間中ずっと俺の話し相手をさせるとか半ば嫌がらせのようなことはさせたくなかったのでそこは特に問題ない。
というか他ならぬ俺自身が話をし続けられる自信がない。
先ほども言った通り寂しいのは否定しようがないが、まあ妥当な判断だろうと思っている。
一方で行動範囲に全く心配がない、日々好き勝手動き回っている魔王の方はと言うと……何故か今回はどこにも行かずこの車両に留まっている。
「お前はあっち行かねえの?」
『余がいても邪魔になるだけだろうが』
そろそろ長くなりつつある付き合いでわかったことなのだが、ベルガーンは魔王という肩書から連想されやすい傍若無人なイメージとはだいぶ無縁だ。
見た目はまさしく魔王と言える程度には厳ついんだが、見た目に反して面倒見が良いとかそんな印象が強い。
メアリに旧い魔法を教えたり、ヘンリーくんの剣術にアドバイスしてるのもよく見る。
一方で俺には厳しい気がする、とても。
向けてくる言葉は冷たく鋭いし、何なら出会った時身体乗っ取られそうになった。
あの時耐えたというか勝ったのはたぶん奇跡だろう。
たまに忘れそうになるが定期的に思い出していきたい。
「そういえばお前は行きたいところとかないのか?」
不意にそんな疑問が浮かんだ。
いやまあ普段からフラフラとどこかに行っている奴だし、もう行きたいところは行き終わって特にないのかも知れないが。
『当然ある』
「なら言えばいいじゃねえか」
ベルガーンがどこどこに行きたいと言えば、七不思議部のメンバーはすぐに食いつくだろう。
そして最近活動範囲を学園内から帝国国内に拡大した七不思議部はそういうところに行くための部活動だ。
本人が語ろうとしないせいでいまだ謎だらけのベルガーンの過去に関連する場所や物というのは俺ですら興味があるし、言ってほしいところだと思ったのだが───
『遺っているか否かすらわからぬ目的にあれらを付き合わせる気はない』
確かにこいつの居城は”死の砂漠”に、近しい時代に存在したと思しき都市は”闇の森”に飲み込まれていた。
そしてどちらも、そうなる前の情報が全く残っていない。
情報が失われる程長い時間が経ったのか、情報が断絶する何かが起こったのか、今はそれすらもわからない有様だ。
そして”死の砂漠”も”闇の森”も、環境は過酷で魔獣は凶悪だった。
ベルガーンがこれから行きたい場所も見たい物も、似たりよったりの状況になっている可能性が高い。
そんな場所に学生連中は連れていけないと、そんな思いがあるのだろう。
「なんだよ優し───俺は良いのか?」
ポジティブな評価を口にしている最中に俺は気づいた。
気づいてしまった。
ベルガーンが言ったのは「あれら」であって「お前たち」ではない。
何をどう考えても、俺が含まれていない。
『貴様はどうでも良い』
さも当然のように、あんまりにもあんまりな言葉が返ってきた。
黙って俺たちの会話を聞いていた少尉が思いっきり吹き出して……プルプル震えてる、相当面白かったらしい。
「どうでも良いは酷くないか……?」
怒ろうかと思ったが全然怒れなかった。
もしかすると俺はショックとかそんな感じのものを受けてしまったのかも知れない。
どうしよう、泣きそうだ。
『貴様は酷い目には遭えど、まず死ぬまい』
まず俺は酷い目に遭いたくないんだよ馬鹿野郎。