第九章:その13
『あのお二人はどなたなんですか?』
「ジョン・アダム・ゴールドさんとジョン・ダリル・ゴールドさん、ミスティック・ネストに住んでる人だよ」
『ミスティック……噂には聞いたことがありますが……』
微妙に凹む俺とダブルジョンの会話を尻目に交わされる女子二人の声。
一人はメアリ、そしてもう一人は───セラちゃんだ。
図らずもやたらと大所帯となった今回の旅は、実は七不思議部側も一人メンバーが増えている。
学園から出られないという地縛霊的な縛りのせいで、これまでの活動には参加することができなかったセラちゃんだ。
本人はいつも通り学園で待つつもりだったようなのだが、今回は期間がこれまでのような数日ではなく夏休み期間中ほぼずっと。
そんな長期間会えないのは寂しいから何とかついてきてもらう方法はないかと、ウェンディとメアリが言い出した。
そしてその手の方法論に詳しそうなベルガーンに水を向けたところ───
『余と同様に貴様が吸収、もしくは契約するのが早かろう』
あっさりと、解決策が返ってきた。
吸収のほうは響きが物騒なので内容も聞かず即座に論外となったが、一方で”契約”というのは一体何だという話になった。
俺はもとより他の学生連中も、その場にいた少尉ですら心当たりがない。
流石に売買契約や賃貸契約など”契約”という単語自体は存在するのだが、この場面で関係するであろう魔法という分野の用語としては近しいものすら存在しない未知の言葉とのことだ。
とりあえず良かった、俺が不勉強なわけじゃなかった。
『恐らくこの世界にはもう居るまいが……かつて精霊という種族がいた』
そんなどこか寂しげな前置きとともにベルガーンが語り始めたのは、精霊という旧い種族の話。
かつて意思を持つ魔法、生きた魔法などと呼ばれる種族がいた。
魔力によって構成された定型のない肉体を持つ者たち。
彼らはその特性から人間など他の種族と同化し、自身の力を貸し与える事ができた。
その時に必要な手順を、ベルガーンがいた時代においては”契約”と呼んだ。
さてそんな精霊たちがいなくなった原因はというと、他種族からの忌避。
彼らとの同化は契約者に凄まじい力をもたらす。
強力無比、一騎当千……そんな類稀な力を。
だが当然ながらノーリスクでというわけにはいかない。
力の代償として求められるのは魔力。
それも、肉体にまで影響を及ぼすほどの量をだ。
ベルガーンから見れば破格とも言えるコストパフォーマンスだそうだが、それでも膨大は膨大。
ほとんどの場合は命を根こそぎ削り取られ───契約者のことごとくが早死にした。
英雄的な活躍の直後に、まるで燃え尽きたかのように逝った者たちも数多くいる。
結果として精霊たちはその性質を「契約者に対して力と、そして破滅を与える」という俺の世界で言う悪魔的なものという認識を受けることとなる。
”契約”が精霊にもたらすメリットはなく、彼らは他種族の良き隣人であるためにと求められるまま力を貸していただけにも関わらず、だ。
結局ごく一部、彼らに対して信仰のような感情を向けていた種族や部族を除くほとんどの者たちは精霊族を放逐した。
日陰に日陰に、外に外にと追いやられ続けた彼らは結局いずこかへと去った。
それでもと世界に残った精霊もいたようだが、その数はベルガーンの時代でも極々僅かだったという。
そこからさらに永い時間が経過した現在においては既に消滅しているだろうとベルガーンは予想し、そして実際それは正しいようだ。
何しろ成績優秀者を複数抱える七不思議部のメンバー、そのうちの誰一人として”精霊”という言葉を聞いたことがなかったのだから。
「で、それが俺とセラちゃんにできるのか、というかやって大丈夫なのか」
他にも様々な疑問や不安は浮かんだし口にも出したが、そういった俺の心配にはあっさりと『できるし貴様なら問題あるまい』という短い答えで切って捨てられた。
ベルガーンの断言は真偽不明でも信頼しようって気になってしまうから困る。
というかこいつ、説明する気がない時は本当に説明してくれないな。
騙されたことは……最初の一回以外にはないが、微妙に不満だ。
その後は全員での話し合い。
セラちゃんが『行ってみたいです』と珍しく強めに意思表示してきたことと、俺が拒否する理由が全く浮かばなかったことにより方針が確定。
そして得体の知れない呪文をベルガーンに続いて復唱する不安しかない契約の儀式も無事完了し、今に至る。
『ホソダさんにはご迷惑をおかけします』
「ああそこは全然大丈夫だから、むしろ変なことになったりしてない?」
『私の方も大丈夫です』
大丈夫ならいいんだ大丈夫なら。
セラちゃんの嬉しそうな顔を見れただけでもやった意味はある。
俺の方は魔力だけならすごいらしいしきっと大丈夫だろう……大丈夫だといいな。