第九章:その10
「そいやもうすぐお祭巡りに出発じゃん?」
「急に話が飛んだな」
メアリがひとしきり自分の成績について語り終えた瞬間、突然話題が七不思議部の旅行に切り替わった。
マジであまりにも突然に。
「今回も傭兵さんたち何か教えてくれたん?」
こいつは話を続けるつもりらしい。
俺のツッコミなんぞ気にしない、それがメアリという人間の話術である。
「名前しか教えてくれなかったけどな」
とはいえ俺も慣れたもの。
別にメアリの会話リズムが嫌いだったり苦手かと言うとそういうわけでもないし、普通に合わせることは難しくも何ともない。
……たまについていけないこともあるので、もしかすると実は難しいのかも知れない。
とりあえず傭兵どもから教えてもらった祭りを箇条書きしたメモ、相変わらず微妙に汚い字で書かれた物体を手渡す。
名前については大量に書かれているが、内容については一切わからない。
俺は字面から想像できるほどこの世界に詳しくないし、傭兵連中のみならず少尉やアンナさんも教えてくれなかったからだ。
何でも「この手の奇祭は事前情報なしのほうが面白いんじゃない」とのこと。
もしかして傭兵連中もそういう優しさで……いや、あいつらは面白がってるだけだな、間違いなく。
「知ってる奴あるか?」
一応メアリにも確認してみる。
事前情報なしのほうが面白いのは確かにそうかも知れないが、気になるものは気になって仕方ない。
むしろ身構えてから行きたい。
「北部のお祭りはいくつかわかるよ」
メモに一通り目を通し終わったメアリが説明してくれたのは帝国北部のお祭りがいくつか。
メアリもやはり自領や関係の深い領地以外でのイベントについてはあまり詳しく知らないらしい。
まあ奇祭なんてものに貴族が参加することなんてまずないだろうし、それくらいの知識量なのが普通だとは思う。
さて、そんなわけでメアリが解説してくれた奇祭だが……やはりなんというか奇祭だった。
代表的なものについていくつか語ろう。
まず、帽子祭り。
住民が奇抜な帽子を被って街を練り歩く祭だそうで、字面もコンセプトもまあまあ普通だろう。
ただこういうイベントの傾向として「自作でとんでもないのを持ち込む奴が出る」というのがあり、帽子祭りもその流れから逃れることはできなかった。
しかも帽子祭り参加者が選んだのは、巨大化路線。
もはや人と帽子のどちらが本体かという段階はとうに越え「魔法で首を強化した屈強な男が複数名で支える建造物みたいな帽子」が街を練り歩くイベントとなっているらしい。
危険すぎやしないだろうか。
あとそれもう帽子とは呼ばんだろう。
神輿とかそういう分類されるべきではないかと真剣に思う。
だがまあ見たいか見たくないかで言えば間違いなく見たい。
実際祭がそういう方向性になったのは、盛り上がるからと言うのが何よりも大きかったのだろうと予想できる。
怪我人の有無については怖くて聞けないが、出ていないことを祈りつついつか観に行きたいと思えるイベントだ。
もう一つは、ドラゴン祭り。
こちらはかつて近隣に生息し、信仰も集めていたドラゴンを讃える祭典の名残なのだそうだが……やることはというと、ドラゴンの鳴き真似である。
それはもう奇祭ではなく奇行ではなかろうか。
参加者は存在が喪われて久しいドラゴンについて研究し、想像し、それを舞台上で披露する。
とはいえ誰もドラゴンの声など聞いたことがなく正解がわからないため、既にただの奇声フェスティバルとなっているそうだ。
さもありなん。
困ったことにそういった「人前で披露する奇行」の需要があるのはこの世界でも変わらない。
毎年帝国各地から集まった奇声自慢たちが今年一番の奇声を巡って争う人気のイベントとなっているらしい。
いや奇声自慢って何だ、今年一番の奇声って何だ。
『人々が珍妙な祭りを好むのは、いつの時代も変わらんのだな』
ベルガーンもどこか困ったような顔で苦笑している。
こいつが苦笑って珍しいな、明日雨でも降るんじゃないか。
「お前の時代もそういうのあったのか?」
『ああ、変わったことをするものだと思いながら眺めていたものだ』
俺の問いかけにベルガーンが遠くを見る。
今はもう影も形もない過去に思いを馳せているのだろう。
というかこいつがいた旧い時代の祭りってどんなものがあったんだ、すげぇ興味がある。
そんな俺とメアリに視線と興味を向けられたベルガーンは、ゆっくりと語り出す。
『先攻後攻を決めて互いの頬を張り、気を失ったほうが負けという───』
物騒が過ぎる。