第九章:その6
「「かんぱーい!!」」
それはそれとして息抜きは必要だ。
常に気を張って真面目に生きていると息が詰まる。
多分古事記にもそう書かれている。
俺と傭兵たちがいるのはいつも飲み会に使っている街の酒場。
予想通りかつ予定通り、テストの打ち上げのためこの店に赴き羽目を外しているところである。
門限以降の外出許可は相変わらず「飲み」で普通に出た。
というか申請窓口には珍しく行列ができていたので、俺たち以外にも遅くまで出かける予定の連中が大量にいるのだろう。
もしかしたら窓口の人たちもいつも以上に雑な対応をしていたのかもしれない。
ちなみに聞いた話によれば平民の大半は俺たちのように羽目を外す目的だが、貴族の場合は帝都にある邸宅や帝国ホテルなどでパーティーを開く者が多いとのことで……それ逆に疲れないだろうかと思う。
実際、教えてくれたメアリたち七不思議部の面々も口には出さないまでも少し面倒くさそうな顔をしていたのが印象的だった。
恐らく自由参加と銘打たれた強制参加のイベントなのだろう。
元の世界でもよく見たやつだ。
というかそもそもあいつらの場合、貴族やってる姿がいまいち想像つかないというのが先に来る。
なんなら俺たちと一緒に飲み会に来てたほうが気楽だったのでは……いや、傭兵たちが遠慮しすぎるか。
「おいホソダ、珍妙な顔してるがそんなにテスト悪かったのか」
「マジかよホソダ死んだな」
「珍妙でもねえし悪くもねえし死にもしねえわ」
俺は今、一つの学びを得た。
飲み会の最中に他のことを考えてはいけない、このように変なイジられ方をする羽目になる。
飲み会は飲み会で真剣さが必要だ、と。
まあそんなこんなで始まった飲み会、最初の話題はやはりテストについて。
あの問題が難しかったとかあんなこと教わった記憶がないとか学生の頃にしたような話を大人になって、酒を入れながら話すというのはなんとも不思議な気分だ。
昇進試験で勉強したりテストを受けたりした経験はあるが、そっちは終わった後長い休みがあるとかは一切なかったのでひと区切り感がなかったし、こうやって酒を飲みながらの感想戦に移行することもなかった。
特段元の世界でもやりたかったというわけではないが、楽しい。
それが今の俺の率直な感想だ。
「そういやホソダ、結局お前子爵領でランス将軍の亡霊は見たのか?」
テストの話が一段落した頃、傭兵の一人がそんなことを聞いてきた。
来た、と身構える。
帰ってきてすぐは聞かれなかったのに今回聞いてきた理由を俺は知っている。
聞き忘れてたのを思い出したとか後回しにしていたとかそういう理由ではない。
噂が流れているのだ。
ランス将軍の亡霊が実際に出現し、その真偽を確かめるために様々な分野の学者たちが大挙して子爵領に向かったという噂が。
実際、学園で歴史を担当している教授がテストを半ば放り出して行ってしまったせいでテスト問題が異様に少なかったなど、学園にも少なからず影響が出ている。
とりあえず俺としては、それで本当にいいのかと問い詰めたい。
ストーンハマーのおっさんもそうだが、この学園の教授連中はだいぶおかしいやつが多いな。
あとその話を聞いた時俺は「あれはそんなに大事だったのか」と思った。
俺としてはヘンリーくんが喜んでて良かったとか、珍しいもんが見れたとかそんな程度だったんだが。
「見たぞ」
俺の返答に傭兵たちが「おお」と湧く。
傭兵たちは七不思議部がランス将軍の亡霊を探しに行ったということも、そこで野盗騒ぎに巻き込まれたということも知っているが、その二つが繋がってはいない。
「七不思議部のことだから見たんだろうな」ともしかしたら……いや十中八九思っているだろうが、それでもだ。
俺たちのところに話を聞きに来る関係者がいないのも同じ理由、野盗騒ぎとランス将軍の亡霊という二つの情報が繋がらないせいだろう。
もしかするとロンズデイルあたりがわざと分けて報告しているのかもしれないが。
「例の野盗を倒したのがそのランス将軍の亡霊だ」
俺の言葉に傭兵たちがフリーズする。
これがSNSなら「お前は何を言っているんだ」と画像が貼られたことだろう。
有名な格闘家の画像だ。
この瞬間、俺は何に対してなのかさっぱりわからないが「勝った」と確信し───そして言い終わった後に「これ言って大丈夫だったんだろうか」と突然不安になった。
やはり人間、酒が入ると判断と思考がおかしくなるらしい。